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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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「京都って、あの京都のことだよね?」
 それ以外にどこがあると美沙ちゃんに突っ込みたくなったが、堪えて俺は頷いた。
 二人の反応は予想以上に大きかった。
 ここはアヤメちゃんに言われた通りに俺がリードしてみる。
「遠出になるけど、夏祭りの前には帰って来られるように上手く計画を立てよう。ちょっと慌しくなるけど、お盆の三日前くらいには戻る感じにさ」
「それなら私も巫女の仕事と両立ができるかな。でも、京都ってマコト君、すごいアイディアだね」
「マコトもたまには頼りになること言うじゃん」
 美沙ちゃんはともかく、普段から振り回されているサツキに褒められるとなんともムズかゆい。
 海じゃないのは、サツキには少し申し訳ないと思った。
 ただ、アヤメちゃんに言われた通り、俺の発言は大きかった。
 でも、どうして大きいのだろう。
 俺にはその理由はよく分からない。
 スイカの会が終わる頃になっても、日差しはまだ高かった。
 美沙ちゃんとサツキはまだ家で涼んでいくらしいので、帰宅を選択した俺は暇になった。
 俺はとりあえず、旅行のことを伝えるべくアヤメちゃんを探すことにした。
 今朝、彼女は山の方に向かった。
 俺はとりあえず、彼女の行きそうなところを探してみることにした。
 またあの場所に行っているのだろうか。
 俺は山の渓流に向おうとしたのだが、神社を通りかかった時、神社の石段にアヤメちゃんが座っているのを発見した。
 もしかして、美沙ちゃんでも待っていたのだろうか。
 アヤメちゃんと美沙ちゃんはなぜか仲がいい。いや、仲がいい、というよりは一緒にいることが多かった。
 美沙ちゃんといる時も、アヤメちゃんは普段通りの感じだし、特に笑ったりよくしゃべったりするというわけでもない。
 面倒見のいい美沙ちゃんがアヤメちゃんを気遣っている、という感じにも近いが、どちらかというとアヤメちゃんの方が、美沙ちゃんを連れていると感じる時もある。
 美沙ちゃんは聞いてもはぐらかしてしまうので、二人の関係はちょっとした謎だ。
 石段に座るアヤメちゃんの周りには、数匹の猫が群がっていた。
 妙になついているが、別に彼女が餌を与えているというわけでもない。
 猫の方が気持ちよさそうに、彼女の足にじゃれ付いていた。
 猫たちは、なぜかアヤメちゃんにとてもよく懐くのだ。
 彼女自身、人には懐かない猫みたいなところがあるので、ひょっとしたら猫たちの方から同族意識されているのかもしれない。
 猫たちを優しく撫でていた彼女は、俺が近づくと顔を上げた。
「アヤメちゃん、ここにいたんだ」
「どうしたの、そんなに息を切らして」
 今朝の一件があったせいなのか、以外にも彼女からちゃんとした言葉が返ってきた。
 普段の彼女ならこちらに目を向けるだけだ。
 猫から手を放して立ち上がった彼女に、俺は旅行先が決まったことを告げた。
「それは神田君が決めたの?」
「決めたって言うか、言い出したのは俺ってことになるかな」
 それを聞いて彼女は、どこか納得したような表情をした。
 もし、また美沙ちゃんかサツキにでも頼ったとしたら、彼女は失望でもしただろうか。
「アヤメちゃんも、もちろん来るよね?」
 確認のため、聞いてみる。
 俺は期待を込めて彼女の顔色を伺った。
 美沙ちゃんによれば、彼女は俺たちに気がないというわけでもない。
 その証拠に、昨日、彼女は俺にアドバイスをしてくれた。
 目的地が決まらない今の状況を、彼女なりに気にかけてくれたのだろう。
 それなのに、彼女がなぜ俺達に打ち解けようとはせず、この一年間、自分の殻に閉じこもっているのかはわからない。
 でも、昨日のことも含めて、俺はもっと彼女のことを知りたいと思うようになった。
 ただ、彼女が来てくれるかどうか、正直、俺は不安だった。
「私は、他にしなければならないことがあるから」
 覚悟はしていた。
 でも、午後の初めの時と同じそのやり取りに、俺は聞き返さざるを得なかった。
「どうしてだよ。アヤメちゃんの用事ってそんなに大事なことなのか?」
 それは最後の夏休みを犠牲にしてまで、やらなければならないことなのだろうか。
「これは俺達にとって、最後の夏休みになる。みんなで一緒に行けばきっと……」
「どうして、そんなことをするの?」
 俺の言葉を遮って返って来た彼女の答えは、意外なものだった。
「そんなことをしたら、逆に別れが辛くなるだけよ。だから、私はいい」
「えっ……」
 俺はすぐには反論できなかった。
 もしかして、彼女が俺達と交わろうとしないのは、それが理由なのだろうか。
 都会に住んでいたという彼女の過去は良く知らない。
 そこで辛い別れを経験したことがあるのかもしれない。
 でも、それが、彼女が人と距離を置く本当の理由だとしたら、あまりにも寂しい理由だ。
 彼女は俺達と辛い別れをしたくないというのはわかる。
 それは俺達も一緒だ。
 ただ、例えそのためにこのまま一人で居続けたとしたら、それはもっと悲しい思い出になってしまうんじゃないだろうか。
「アヤメちゃんがやらなければならないことっていったい何なんだ?」
 俺の問いに、彼女の反応は冷淡だった。
「前にも言ったけれど、あなたがそれに値する人なら、教えるわ」
 彼女は立ち上がると、その場から立ち去ろうとした。
 彼女の相変わらずの態度に、俺は少しだけ怒りが込み上げてきた。
 いったい彼女はどういうつもりなのだろう。
 自分の秘密を知るに値するとはどういうことなのだろう。
 もしかして、彼女が美沙ちゃんと一緒にいることが多いのは、美沙ちゃんが何かアヤメちゃんなりの基準を満たしているからなのかもしれない。
 俺とサツキがダメで、美沙ちゃんだけはいい。
 そんなのは不公平じゃないだろうか。
 俺達は、この村で偶然、高校最後の年を共に立ち会うことになった間柄なのだ。
 そんな特別な四人の中で、そんな差異があるは嫌だ。
 それに、この理由が一番大きいのだが、俺は彼女の秘密を知りたいと思った。
 あの、まるで男の子のような遊びをする無口な彼女のことを。
「アヤメちゃん」
 気が付いたら彼女を呼び止めていた。
 アヤメちゃんが石段の途中で足を止める。
「もし、俺を試しているのなら、今度の旅行でそれを見定めてくれないかな」
「?」
 俺にあるのは勢いだけだった。
 ここまで言ってしまったら、何が何でも彼女を連れて行く。
「俺は普段、みんなの意見を聞いてばかりで、自分から決めることもできないし、正直、今回の京都旅行だって、アヤメちゃんがアドバイスをしてくれなければ、決まらなかったかもしれない」
 それが彼女なりの基準なのかどうかはわからない。
 ただ、俺やサツキと美沙ちゃんとの違いは、そのしっかりさ加減にあるようにも思えたのだ。
 例えば、優柔不断ではなく、秘密を守れるような人でないとダメとかだ。
「引率、というわけじゃないけど、俺はちゃんとみんなを現地まで辿り着けるように案内する。ちゃんとみんなが楽しめるように引っ張っていく。だから、あやめちゃんには、きちんとそれを見定めてほしいんだ」
「……」
 遠くでアブラゼミが鳴いていた。