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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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 それを考えると、俺は少し彼女に関心が湧いた。
 帰り道は別の急な山道だった。
 そこを降りる間、彼女とも特に会話はなかったが、なぜか嫌な気にはならなかった。
 急な下り坂を下っていると、すぐに村が見えてきた。
 こんな道、俺は知らなかった。
「神田君」
「な、何?」
 山から抜ける前、アヤメちゃんが振り返った。
「今日の場所のことは誰にも言わないで。もし誰かに話したら、あなたのこと嫌いになる」
「う、うん。わかったよ」
 今日の場所は、きっと彼女にとって秘密の場所なのだろう。
 茂みが踏み固められていなかったのは、誰かが近くを通っても気が付かれないように、入る場所を毎回変えているからなのかもしれない。
 それに、俺はなぜか彼女に嫌われたくなかった。
 普段はあまり話さないし、ちょっととっつきづらいところもあるが、今日の彼女はどこか違った。
 それは彼女の「遊び」を見せてくれたこともある。
 それはどこか懐かしさを感じさせるものだった。
 どこか遠い記憶に忘れたものを呼び起こしてくれるかのような郷愁を感じさせた。
 俺達が再び歩き出すと、すぐに村へと出た。
「マコトー!」
 と同時に俺の名を呼ぶ声がした。
 すぐ近くの畑では、サツキと美沙ちゃんがスイカの収穫をしていた。
 道はサツキの家の畑の近くに出たようだ。
 俺はそこで、サツキから昨日頼まれたことをすっぽかして、アヤメちゃんについていったことを思い出した。
「ごめん、あやめちゃん。俺はこれでサツキ達を手伝うよ」
「神田君」
 慌てて走り出そうとした俺の背中に声がかかる。
 アヤメちゃんが俺を呼び止めたのだ。
「今日は、付き合ってくれてありがとう」
 彼女の言葉の間だけ、蝉の鳴き声が止んだ気がした。
 俺は不思議な感覚にとらわれていた。
 彼女にお礼を言われるとは思わなかったからだ。
 俺から付いていったわけで、彼女から誘われたわけではない。
 なのに、なぜ彼女は俺に礼をしたのか。
「マコトってばー!」
「ああ、今行くよ!」
 逸る気持ちを抑えて、俺はサツキ達のもとへと向かった。
 すると、目の前を一匹のカブトムシが横切っていった。
 あれはさっきのカブトムシだろうか。
 カブトムシは青空の彼方へと吸い込まれていった。


3、白い灯台


 コツン……。
 窓に何か小さくて硬いものがぶつかる音がして、私は目が覚めた。
 窓を開けると、一匹のカブトムシが、小さなベランダの溝に挟まってもがいていた。
 私は実物のカブトムを見るのは初めてだ。
 もちろん、触ったこともなかったので、珍しく思った。
 ただ、溝に挟まってもがいている甲虫というのは、ちょっとグロテスクだ。
 私はハンガーを使って、そのカブトムシを溝からはじき出そうと考えたが、ちょっとかわいそうな気もしたので、角をつまんでベランダの手すりにそっと載せてあげた。
 すると、カブトムシはすぐに羽を広げて飛び立っていった。
 カブトムシが飛び立っていった先には、小さな港と白い灯台があった。
 私の足は自然とそこへ向かっていた。
 この小さな港町に来て、二週間ほどが経過していた。
 防波堤の先端にある背の低い白い灯台は、私の行きつけの場所になっていた。
 私は何か考え事があると、いつもここへ来るようになっていた。
 白い灯台の下には濃い潮風が吹いていた。
 その場所から遠くを見つめて、私は一つのオブジェのように動かなくなる。
 遠くを見つめるのは、私の癖だった。
 都会に住んでいた頃の、私自身を守る癖。
 どこかここではない遠い場所を見つめている時だけ、私は一人になれた。
 それは人との交わりから、自らを隔離するための手段だった。
 この町にやってきたのも、そうした交わりを絶つためだ。
 ただ、私は都会でのあの生活から逃れたかった。
 一人になるために。
 そして、一人になれた。
 もう終わった。
 終わったのだけれど……。
 その時だった。
 トス……。
 私の背中、いや、腰ぐらいの高さに誰かが抱きついて来た。
 私は、その柔らかい衝撃がした方へと振り向く。
(何、この子……?)
 私に抱きついてきたのは小さな子供だった。
 上から見下ろす限り、白い頭に獣耳が生えている。
 いや、そういう帽子を被っているようだった。
 その子供が顔を上げる。
「あ、動いた」
「?」
「おねぇちゃん、いつも動かないから」
 その子供は私から離れると、「おねぇちゃん、いつもここにいるょね」と言った。
 私をどこかから見ていたのだろうか。
 短髪で、性別は男の子か女の子かわからない九歳くらいの子供だった。
「いいょね、ここ。私もいつもここにいるんだ」
 私が灯台にやってくるのは、決まって人がいないのを家の二階から見計らってからだ。
 こんな子供が近くにいたことを私は今まで気が付かなかった。
 灯台の陰にいて見えなかったのだろうか。
「おねぇちゃん、いつも寂しそうな目で遠くを見ているょね」
「!」
 私はそういわれて、初めて自分の状況に気がついた。
「私に触らないで!」
 気がついたようにその子供を振り払おうとしたが、私の感情の変化を感じ取ったのか、子供はその前に離れていた。
 私は人に触られるのが酷く苦手なのだ。
 子供は私の目を見て言った。
「おねぇちゃん、私とおんなじ目をしてるんだね」
「なっ……!」
 その瞬間、身体の心から何かが込み上げてくるのを私は感じた。
 いったい何なのだろうかこの子は。
 子供は黒く澄んだ瞳をしている。
 その瞳は、私と同じ寂しさをどこかに持っていた。
「あ、そうだ」
 その子供が突然、ポケットから何かを取り出す。
「ねぇ、見てみて。これね、さっきここで捕まえたんだ。こんなところにいるってめずらしいょね」
 その子が私の目の前に差し出してきた手を広げる。
 すると、そこに閉じ込められていた物は解放され、飛び出した黒い物体が勢いよく私の顔を目がけて飛んできた。
「きゃあっ!」
 私は反射的に後ろへ飛びのいた。
 が、踏み下がった先に足場はなかった。
 青い、空が見えた。
 そこを一匹のカブトムシが、飛んでいった。
 そして、次の瞬間、私の視界と聴覚は海水に覆われた。


「……」
 私は砂浜の上の防波堤に座り、服を乾かしていた。
 海水が私の背中まである長い髪に纏わり付いて、とても気持ちが悪い。
 今日はとんだ目に合ってしまった。
 災厄の当事者は、港と私の間の砂浜で、カブトムシを追い掛け回して遊んでいた。
 その子は、どうやら女の子のようだった。
 でも、耳の生えた帽子を被り、カブトムシを手のひらに乗せてはしゃぎまわる姿は、元気いっぱいの男の子そのものだった。
 その子は言った。
『私と同じ目をしているんだね』と。
(この子は私をずっと見ていたってこと……?)
 抱きつかれたり、あんなふうに明るく話しかけられたりするのは、私にはあまり経験のない事だった。
 ドクン、と私の心臓の音が高鳴る。
 私は胸の痛みを押さえたまま、しばらくその子が遊ぶのを眺めていた。
 カブトムシは彼女との遊びに飽きたのか、手から飛び立つと、山の方へと飛んで行ってしまった。
「ばいばーい」