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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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 俺はみんなの案のいい所を全て汲み取ってあげかったが、そんな俺に明案はなかった。
「アヤメちゃんはどうするんだろう? もう少し話に入ってくれてもいいと思うけど」
 俺は不満を口にしたが、それは美沙ちゃんに否定された。
「ううん、アヤメちゃんはいつも私達を気遣ってくれているんだよ。アヤメちゃんは優しいよ」
 俺は彼女からの意外な言葉に戸惑った。
 アヤメちゃんが俺達を気遣っている? いまいち納得できない。
「あ、私、そろそろ社務所に戻らなきゃ。またね、マコト君」
 俺は美沙ちゃんと別れた後、神社の階段をゆっくりと降りた。
 日は既に暮れていて、街頭の少ない村はもう薄暗い闇に包まれていた。
 慣れた道だから明かりがなくとも帰れる。
 それに、よく晴れた空には月と星が出ていた。
 階段を降り切った時、山の方から降りてくる人影に気が付いた。
 そんな時間に山の方から降りてくるような村人はいないので、俺はとっさに身構えてしまった。
 人影に神社前の外灯の光が当る。
「ア、アヤメちゃん?」
 思わぬ人物との遭遇に俺は驚いた。
 彼女はいったいこんな時間に、こんなところで何をしているのだろう。
「夏休みの過ごし方は決まったの?」
「いや、まだだよ」
「そう」
 彼女はそれだけ言うと、とっとと歩き出した。
 本当に彼女はそっけないところがある。
 今しがた彼女に話しかけられたのは、ひょっとして初めてではないだろうか。
 そんな風に思っていると、ふと、彼女の足が止まった。
「神田君。みんな、あなたが言うのを待ってる」
「へ?」
 俺は彼女の物言いに狐につままれたような気分になった。
 俺が言う、つまり、決めるってことだろうか。
 でも、なぜそんなことを彼女が指摘してきたのだろうか。
 美沙ちゃんが言っていた通り、彼女が俺達を気遣っているような言い方だ。
「あ、あのさ。アヤメちゃんはどうしてこんな時間に?」
 それよりも俺はさっきから気になっていたことに話題を変えた。
「気になる?」
「う、うん」
「なら、明日、私について来ればいい。日が昇る前にこの場所で」
「あ……」
 彼女はそれだけ言うと、暗闇の中に去っていった。
 俺は思わぬ展開に、その場に立ち尽くしていた。
 彼女とこんなにまともに会話をしたのは本当に初めてかもしれない。
 それに、明日、彼女とどこかへ行くことになってしまった。
「あ、やべっ」
 そういえば、明日は朝早くからサツキの家の畑の手伝いがある。
 でも、謎めいた彼女の事を知るチャンスでもある。
 家に帰った後も、布団の中で悩んだのだが、俺は結局、明日、アヤメちゃんについていくことを決めた。


 翌朝、少し寝坊をしてしまった俺は、山の峰から日が顔を出し始める頃になって、慌てて昨日の場所まで向かった。
 青空には朝から蝉の声が木霊していた。
 今日も日差しが強くなりそうだ。
 神社の前に来ると、彼女は村上神社と掘られた石の表札を背に遠くを見つめていた。
 わざわざ俺を待っていてくれたのだろう。
「ご、ごめん。待たせちゃって」
 息も絶え絶えにやって来た俺を見ると、彼女は何も言わずに歩き出した。
 怒っているのだろうか。
 いや、それが彼女のいつも通りだ。
 俺も黙って彼女の後ろについて行く。
 山へと続く道は子供の頃によく行ったことがある。
 この先には小さな橋があり、河の深みがある。
 昔、そこでよくみんなで水浴びをした。
 天然の水浴場があるため、この村の学校にはプールがなかった。
 朝とは言えど、日が出れば暑い。
 山道を登る俺の額には既に汗がにじみ出ていた。
 一方、アヤメちゃんの額には汗一つなく、彼女は俺の先を平然と歩いていく。
 彼女はほっそりとしていて華奢だが、確かに体育の成績はいい。
 おまけに彼女はテストの成績もトップだった。
「どこへ行くの?」
 と俺が聞くと、彼女は「私がいつも行く場所」とだけ答えた。
「暑くないの?」
「平気よ」
 俺の方が暑さに負けていた。
 小さい頃に遊んだ小さな橋を渡って、くねくねとした山道を歩くこと数十分。
 もう大分歩いただろう。
 既に村からは随分と離れているはずだ。
「後どれくらい?」
「着いたわ」
 彼女はそう言って、道の脇の茂みの中へと進んだ。
 いつも来ているという割には踏み慣らされていない場所だった。
 彼女の後に続いて茂みを掻き分けて進むと、水の流れる音が聞こえてきた。
 茂みを抜けると、そこには川が流れていた。
 村を流れる川の上流に来たのだろうか。
 苔の蒸した岩が目立つ、立派な渓流だった。
 川の上流がこんな風になっていたなんて俺も知らなかった。
 アヤメちゃんは川原で靴を脱ぐと、綺麗なエメラルドグリーンの水の中に白い肌をした足を入れた。
 川はここだけ小さな淵になっていて、浅瀬の流れはゆっくりとした淀みになっていた。
 彼女は川の浅瀬に立ったまま、じっと水の中を見つめていた。
 魚でも取るつもりなのだろうか。
「何かあるの?」
 俺は声をかけたが、彼女は黙って下を見ている。
 俺は同じように靴を脱いで水に入った。
 渓流の水はひんやりとしていた。
 水の中に何があるのか見てみたが、透き通った水の底には、水草と黒っぱい石があるだけで、変わったものは何もなかった。
 ただ、その水面には自分の顔がまるで鏡のように写し出されていた。
 水面に立つ小さな波で、その顔は様々な表情をした。
 笑ったり、怒ったり、喜んだり、哀しんだり……。
「おもしろいでしょう?」
 それを見ふけっていた俺に突然、彼女が声をかけてきた。
 どうやら彼女はこれを見ていたらしい。
 なぜ彼女はわざわざここまで、こんなものを見に来るのだろう。
 それを彼女に聞いてみると、彼女はこう答えた。
「あなたが、それを知るに値する人なら、教えてあげてもいい」
「え」
「こっち」
 立ち尽くす俺をよそに、アヤメちゃんは先に水から上がった。
 そして、次に彼女が立ち止まったのは、何の変哲もない一本のドングリの木の前だった。
 アヤメちゃんはしばらく何か考えた後、「この木を蹴って。できるだけ強く」と言ってきた。
 俺は水から上がると、急いで靴を履き、その木を足の裏で思いっきり蹴った。
 木が揺れて、葉のこすれ合う音が聞こえた。
 上から木の実や葉が落ちてくる音がした。
 アヤメちゃんは近くから何かを拾い上げると、それを俺に見せてくれた。
「カブトムシ?」
「そう、カブトムシ」
 立派な角を持った雄のカブトムシが、彼女の手でジタバタとしている。
 アヤメちゃんはそれを手の平に載せた。
 カブトムシは、いそいそと彼女の手の一番高いところまで這い上がると、羽を広げて空高く飛び立っていった。
「じゃあ、帰りましょうか」
 一連の出来事にあっけに取られていた俺に、彼女が一瞬だけ微笑んだ、ような気がした。
 いったい彼女は何者なのだろうか。
 普段は根暗そうな印象も受ける寡黙な少女だが、今の彼女は男の子がするような遊びをしている。
 その急な落差に、俺は彼女という人物が正直わからなくなりかけていた。
 いや、もともと俺は彼女をどこまで知っていただろうか。