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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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 俺は温泉の気持ちよさを存分に味わっていたが、ただ、あまり、みんなを待たせてはいけないと思い、最後にもう一度だけ、露天風呂に入ってから出ようと思った。
 俺が露天風呂に浸かっていると、隣の女湯の方からサツキの甲高い笑い声が聞こえてきた。
 サツキは本当に声が大きい。
 何を言っているかまではわからなかったが、誰かと笑い合っているようだった。
 誰だろうか。
 美沙ちゃんは大声で笑わないし、アヤメちゃんなどはもってのほかだ。
 特に気にも留めずに風呂から出た俺は、いったん部屋へと戻った。
 サツキ達が戻るまでの間、広間の自販機で買ったパックのグレープジュースを飲みながら横になっていると、ドアが控えめにノックされた。
「マコト君いる?」
 美沙ちゃんの声だった。
 ドアを開けると、髪を後ろで結った美沙ちゃんがいた。
「そろそろ夕食だから呼びに来たよ」
「あれ、サツキは?」
 アヤメちゃんはともかく、その後ろにサツキの姿がない。
 てっきり一緒に出てくるのかと思ったのだが。
「私とアヤメちゃんは先に出たんだけど、まだ戻って来ないの」
「え、じゃあ、サツキが露天風呂で、大声で話していたのは?」
「え、サツキちゃんが?」
 彼女はそのことを知らない様子だったので、その前に出たのだろう。
 俺達はとりあえず、お風呂場と食堂の分かれ道がある広間まで向かった。
 広間ではアヤメちゃんが待っていた。
「あやめちゃん、サツキちゃんはまだ出てきてない?」
「ええ」
 俺達はしかなく、その場でサツキを待つことにした。
 少しすると、女湯の方から黄色い笑い声が聞こえてきた。
 サツキはいったい誰と話しているのだろうか。
 やがて、のれんの奥からサツキとともに二人の女の子が現れた。
「あ、ごめん、みんな待った?」
 俺は悪びれた様子もないサツキの向こうにいる女の子達に目が行った。
 そのうち一人の生意気そうな顔には妙な見覚えがあった。
「「あ!」」
 俺達は同時にお互いを指刺し合う。
「お前、清水寺の!」
「あんた、あの時の!」
「前方不注意女!」「ウスラトンカチ!」
 俺達のやり取りに、サツキと美沙ちゃんはきょとんとした顔をした。
「え? マコト、知り合いなの?」
「同じ宿だったんですね」
 今は長い髪を垂らしているのでわからなかったが、この丁寧な声はあのおさげの少女だ。
 たしか、威勢がいい方が夏結って名前で、おさげの少女が飛鳥という名前だったはずだ。
「知り合いというか、清水寺でぶつかって来たんだよ。というか、なんでお前らフレンドリーになっているわけ?」
「いやあ、お風呂で盛り上がっちゃってね!」
「そうそう、すごく楽しかった!」
 こいつらは風呂上りのおっさんか何かだろうか。
 彼女達が何を通じて盛り上がったのかは知らないが、類は友を呼んだのだろう。
「部屋も隣みたいですね」
「そうなんだ。よろしくね。私は美沙で、こっちがマコト君、その隣がアヤメちゃんだよ」
「私は夏結だよ。松凪夏結!」
「生方飛鳥です。どうぞよろしくお願いします」
 なんだか知らないが自己紹介が始まった。
 俺が夏結の方を見ると、彼女は「ふん」と言って目を逸らしてしまった。
 俺も対抗して横を向いた。
「まあ、仲良くしなって二人とも」
 サツキが間に入ってきたが、俺としてはちょっと迷惑なことだ。
 夏結という少女とはどうも仲良くなれる気がしない。
「そろそろ食事の準備が出来ているはずだから行きましょう」
 アヤメちゃんが食堂に向かって歩き始めたので、俺もそれに続いた。
 飛鳥ちゃんという少女はまだしも、この小生意気な少女とはあまり一緒にいたくはない、と思っていた俺だったが、部屋が隣同士だけあって、彼女達とは食事の場所も隣通しだった。
 俺達は個室を選択したのだが、結局、サツキと夏結の「せっかくだから一緒に」を合図に、夕食を共にすることになった。
 旅館の人に言うと、相部屋を用意してくれた。
 俺と夏結の間にはまだ火花が散っていたが、今日の京都の話しをし、自分達の町の話をする頃には、ケンカのことなどすっかり忘れてしまっていた。
 俺達が思い出作りとして京都に来たこと、二人はお金を貯めてはこうして旅行していることなどを話した。
 二人は歳でいうと高校二年生だそうだ。
「じゃあ、飛鳥ちゃん達の町は小さい港町なんだね」
「とっても静かでいいところですよ」
 美沙ちゃんに飛鳥ちゃんが答えた。
「毎日お魚が食べられるじゃん!」
 とサツキは早速食い意地を張った。
 俺には毎日海釣りができる方がうれしい。
 毎日海があるなんて正直うらやましかったが、彼女達にとっては山の方がうらやましいようだ。
「山は夏涼しくていいよね。山を自転車で走ったら絶対気持ちがいいだろうなー」
 確かに夏結が言うとおり、それは気持ちがいい。
 俺は海辺を自転車で走ってみたかった。
 やっぱり違う土地には、憧れを抱いてしまうものなのだろうか。
 俺達は和気藹々と夕食を食べ終えると、六人でサツキ達の部屋に行き、トランプや枕投げをして遊んだ。
 トランプは美沙ちゃんが連戦連勝をし、枕投げは夏結とサツキが一方的に俺に攻撃を仕掛けてきた。
 俺達がワイワイやっている時、アヤメちゃんだけは窓側の椅子に座り、遠くの夜景を眺めていた。
 いつもの無表情にも見えるそれは、その時の俺の目にはどこか悲しげに写った。
 そういえば、食事の間も彼女はあまり喋らなかった。
 二人が加わったせいだろうか。
 彼女は人と交わろうとはしないが、人見知りというわけではない。
 なら、どうして彼女はそんな表情をするのだろうか。
「ねぇ、明日はどうするの?」
 サツキが俺に聞いてきた。
「明日は午前中に嵐山にいって、それで終わりかな」
「ああ、もう帰るんだ……早いなあ」
「一日なんてあっという間だよね」
 がっくりと肩を落とすサツキに、残念そうな美沙ちゃん。
 だが直後、サツキがひらめいたように背筋をピッと伸ばした。
「そうだ、私達も小さな港町へ行ってみない?」
 そのサツキの発言がすぐさま共鳴を生んだ。
「あ、それいいかも! ねぇ、飛鳥」
「うん!」
 彼女達は再び盛り上がり始めたが、俺には心配していることがあった。
 それだと、美沙ちゃんの予定を無理に変更しなくてはならない。
 彼女は神社の夏祭り準備の手伝いがあるのだ。
「美沙ちゃん、大丈夫?」
 俺が聞くと、美沙ちゃんは笑顔で答える。
「一日くらいなら大丈夫だよ。お父さん、思いっきり遊んできなさいって言っていたから」
 美沙ちゃんは、夏祭りのことは心配しなくてもいいと言われたそうだ。
 美沙ちゃんのご両親も高校最後の思い出になるからと、配慮してくれたのだろう。
「それに、私達のお金もたくさん余っているしね」
 財務は数学の秀才、美沙ちゃんの得意分野だ。
「そうしよう、そうしよう」
「でも、明日の嵐山はどうするんだ?」
「あ」
 飛び跳ねていたサツキは思い出したように急に動かなくなった。
「少し早めに起きて宿を出れば、見てからでも電車には間に合うよ。それに、飛鳥と嵐山はもう一度見に行こうって言っていたから」
「そっか、じゃあ、決まりだね!」