青空夏影 面影は渓流に溶け入りて
俺は気になった。
「その人は今、どこにいるの? もしかして都会で暮していた時の人?」
俺は聞いたのだが、直後に彼女の表情がやや曇ったのを見て、自分の失言に気が付いた。
そういえば、美沙ちゃんからアヤメちゃんは都会でのいい思い出がないと聞いていたのだった。
「もういないわ。死んだの」
「……ごめん」
「いいえ、あなたは悪くない。気にしないで」
死んだ人に会いたい。
その気持ちはわかる。
でも、それはいくら願っても、敵わない。
願うのは虚しく、そして、哀しかった。
「神田君はなんてお願いしたの?」
不意に俺に彼女が質問をしてきた。
「俺達がいつまでも一緒にいられますようにって。卒業して学校が閉鎖されても、同じように村で会えたらなって思って」
「閉鎖されても会えるわ」
「会えなくなる人もいるかもしれない。会えたとしても、会える日は少なくなるはずだから」
「そうね……素敵なお願いね」
彼女はそう言ってくれた。
「あ、マコト達いた!」
階段を降りたところで、ちょうどサツキと美沙ちゃんに出くわした。
「二人ともどこ行ってたの?」
「あ……ここって縁結びのお寺だよね」
美沙ちゃんが神社の入り口を見て言った。
「マコト! アヤメちゃんと、こんな場所に行っていたなんて、まさか!」
「違うよサツキ。ここで、学園が閉鎖されても俺達が一緒にいられるように、お願いをしてきたんだ」
「そうなんだ」
理由を聞いて彼女も納得してくれたようだった。
「でも、よかったね。マコト君が見つかって」
そんな感じに俺達は合流を果たした。
今度ははぐれないようにして、残りを回った。
既にお土産を買ってしまった俺を除いて、彼女達はお土産を見て回った。
サツキは結局選ぶことが出来ずに明日買うことにした。
美沙ちゃんは今日、太秦で飲んだ味が忘れられなかったのか、梅の昆布茶を選んでいた。
アヤメちゃんは、西陣織の柄が混じった白猫のキーホルダーのようなものを買っていた。
彼女は白猫が好きなのだろうか。
お土産を買い終わると、俺達は旅館へと向かった。
帰りのタクシーの中で、サツキは疲れたのか寝ていて、美沙ちゃんはパンフレットを見ながら明日回るところを確認していた。
アヤメちゃんは朝と同じように、外の景色を見ていた。
バックミラーに移るアヤメちゃんの姿は、いつもの彼女に戻っていた。
「マコト君、どんな宿を取ったの?」
パンフレットを見ていた美沙ちゃんが顔を上げて俺に聞いてきた。
「えーと、すぐ近くに旅館を取ったんだ。もうそろそろ着くころだと思うんだけど……」
「着いたみたいよ」
外を見ていたアヤメちゃんが言うと、タクシーは大きな建物の前で停まるところだった。
寝ていたさつきを起こし、タクシーを降りる。
「うん? もう着いたの?」
サツキはまだ眠そうに目をこすっている。
「少年! 粗相がないようにな!」
運転手の最後の熱いエールがよくわからなかった。
俺達はタクシーの運転手に別れを告げ、旅館へと入った。
広い玄関には、風情のある和の装飾が施され、高価そうな置物が所々に並べられていた。
「うへぇ、豪華だなぁ。マコト、お金大丈夫なん?」
「一泊二食付きで一人七千円だよ」
旅館は俺が探し、先生達が予約してくれた。
よく修学旅行生などが使う旅館らしいが、俺達はどちらかというと身内の旅行みたいな感じだ。
それなのに、特別に学校の団体割引が適応されたらしい。
受付を済ませると、仲居さんに案内され、俺達は三階に案内された。
「けっこう広いね」
「そうだね。俺もこんなに大きいとは思わなかったよ」
驚く美沙ちゃんに俺は相槌をうった。
そこは旅館というよりも、大きな和風のホテルという感じだった。
上は五階まであるだろうか。
中にはエレベーターもついていた。
五人が泊まれるくらいの和室に通されると、中には全員分の荷物が届いていた。
これは便利なシステムだ。
「マコトの部屋は?」
「私達の部屋の隣の隣みたい」
「隣じゃないのか」
それは俺も初めて知った。
俺の部屋だけは三人の部屋を一つ挟んで隣だった。
「もう隣は先に入っていたから取れなかったみたいだね」
「何、私達の隣がよかったの? マコトのスケベ」
「うるさい、ちがうって」
ただ、俺だけ離れるってもの寂しいと思っただけだ。
「夕食は個室か大広間かで選べるらしいけど、どっちがいい?」
「個室にしましょう」
仲居さんに食事のことを聞かれたので俺がみんなに聞くと、アヤメちゃんが提案した。
「夕食とお風呂どっち先にする?」
「もちろん、先にお風呂だよ!」
「じゃあ、着替え終わったら廊下で会おう。また後で」
仲居さんに食事の時間を伝え、俺は荷物を持って自分の部屋へと向かった。
寂しくはあるが、贅沢に和室を一人で使えるのもいいかもしれない。
事前にエアコンはついていたが、俺は外の空気が吸いたくて、窓を開けた。
すると、左の方から声がした。
「マコトー!」
窓からサツキが手を振っていた。
俺もサツキに手を振り返す。
彼女は勢い余って、落ちそうになりながらも辛うじて窓枠に掴まった。
さっきまでタクシーの中で一人寝ていたとは思えない元気の良さだ。
押入れの中から浴衣を取り出し、着替えを済ませると、俺は湯具を持って部屋を出た。
廊下にはもう彼女達が待っていた。
俺は部屋に鍵を掛けると、三人の下へ駆け寄った。
「大浴場へは二階から行くんだって」
「夕食も二階みたいね」
美沙ちゃんとアヤメちゃんの説明の連携が取れているのが、どこか微笑ましい。
二階から大浴場への階段を降りると、大きく『湯』と書かれたのれんがあった。
その反対側では、食器の音が木霊し、仲居さんたちがせわしく食事の配膳をしていた。
「私達はこっちだね」
「じゃあ、マコト、覗きをしようとか思うんじゃないよ」
「誰が覗きなんてするかよ」
正直、興味がないといったら嘘になってしまうが、一線を越えるつもりはない。
彼女達は女湯に、俺は男湯へと別れた。
脱衣所で服を脱いで、かごにいれ、持ってきたタオルを腰に巻くと、大浴場の扉を開いた。
中は湯気で前が見えないほどだった。
俺は汗を湯で洗い流した後、適当に一人になれそうな風呂を選んで入った。
今日は本当に楽しかった。
俺は改めて閉鎖について考えた。
もし、こうしたきっかけでもなかったら、みんなで、しかも、アヤメちゃんまで連れて京都旅行に行くなんて考えもしなかっただろう。
正直寂しいが、これがみんなとの最高の思い出になることは間違いないだろう。
美沙ちゃんとサツキはきっとそう思ってくれる。
アヤメちゃんはどうだろうか。
俺が彼女の秘密を聞くに値する者になれなくとも、彼女には思いっきり楽しんでもらいたかった。
俺はその後、いろいろな風呂に入ってみることにした。
この旅館には大小様々なお風呂があって、全体の大浴場の広さ京都随一を売りにしているらしい。
割引適応でこんなに贅沢をするなんて、普段の俺ならは考えもしないことだ。
作品名:青空夏影 面影は渓流に溶け入りて 作家名:如月海緒