青空夏影 面影は渓流に溶け入りて
お化け屋敷では、なぜか俺が先頭で、その次にサツキ、美沙ちゃん、アヤメちゃんという順番だった。
後ろの人達は前の人の肩に手を掛ける、ムカデ歩行というやつだ。
お化け屋敷は俺にとっては怖いというよりも、少々グロテスクな場所だった。
映画の特殊メイクばりの落ち武者や、生首はとてもリアルで、今にも動き出しそうだった。
俺が先頭なので、仕掛けられたトラップは全て俺が最初にかかった。
白い煙が勢いよく噴出したり、気持ち悪い感触がする床などを踏んだりした。
俺はあまりそれらに驚かなかったが、サツキは終始、俺の背中にしがみ付いて、何か音がするたびに絶叫していた。
美沙ちゃんの驚き方は「きゃっ」と、かわいいものだったが、サツキは豪快に「ギャァー」と喉が裂けたような叫び声をあげていた。
四人の列なので、俺が掛かった白い煙などのトラップは、時間差でアヤメちゃんも掛かった。
だが、彼女は突然煙が噴出してきても、ちょっと避ける素振りをするくらいで、顔色一つ変えず、無言だった。
いや、それは彼女なりに驚いているのかもしれないが。
途中、アルバイトらしきお兄さんが井戸から飛び出して、驚いたサツキが隊列から飛びのくようにすっ転んだ。
彼女は果たして、このお化け屋敷を乗り切れるのだろうか。
俺がお兄さんに「お疲れ様です」というと、お兄さんも「あ、お疲れ様です」と言いながら、井戸に帰っていった。
太秦映画村を後にした俺達は、その足で金閣寺へ飛んだ。
タクシー運転手によると、金閣寺は「金色を見れば良い」とのことだったので、庭園は回らず、俺達は有名な金色の建物を遠巻きに見た。
隅から隅まで金色の装飾を施された建物は圧巻だったが、その近くに「正面の建物は『金閣』です。金閣寺ではありません」という看板が立てかけられており、俺達は「なるほど」と思わず噴出してしまった。
俺はその看板込みで『金閣』を写真に撮った。
その後、思ったよりも早く回れていたので、運転手おススメの東本願寺へと立ち寄った。
東本願寺では、入り口付近で鳩にあげる豆を売っていた。
俺達は本殿にはまわらず、入り口で鳩に豆をあげることにした。
ここの寺の鳩は、平気で人の手を突いてくるような食いしん坊だった。
調子に乗ったサツキが鳩にたかられたり、その姿をすかさず美沙ちゃんが写真に取ったりなど、俺達には笑いが耐えなかった。
いつもは遠くから眺めているだけのアヤメちゃんの手にも、三匹の鳩が乗って豆をつついていた。
俺は、彼女がそれを微笑みながら見ていることに密かに胸を撫で下ろした。
京都へ着いたばかりの彼女表情とは大違いだったからだ。
「ねぇ、美沙ちゃんはアヤメちゃんについて何か知っているの? さっき、駅でアヤメちゃんのこと心配そうにしていたから」
美沙ちゃんと近くになった時に、俺はこっそり彼女に聞いてみた。
「見てたんだ。えっとね、アヤメちゃんは都会ではあんまりいい思い出がなかったみたいなの」
そう聞いて、俺は少し申し訳ない気持ちになった。
俺は京都がこんなにも都会だったなんて知らなかった。
彼女には申し訳ないことをしてしまっただろうか。
でも、あの時、彼女は俺が決めたことを引き受けてくれた。
その彼女の気持ちを今は無駄にはしたくなかった。
「そろそろ行こっか」
美沙ちゃんの号令で、俺達は東本願寺を離れた。
最後の目的地である清水寺に向かう。
鴨川の河川敷辺りを走っていた時、タクシーの運転手から、京都についてのいろいろな話を聞けた。
京都の家は、互いにくっついて建っているとか、金閣寺の奥の大文字は、人が一番楽な格好なのだとか、お土産屋さんは高いとか、天下一品というラーメン店は全国チェーンを出しているのだか。
「この神社の手前に置いてあるツボには、何が入っていると思う?」
調子の良いタクシーの運転手は、俺達にそんな謎かけをしてきた。
ツボは一メートル近くある大きなツボで、その口は木の栓で固く閉じられていた。
「お酒ですかね」と率直な俺。
「お水とかですか」美沙ちゃんは現実的だ。
「孫悟空!」さすがはサツキ、発想がある意味で豊かだ。
「……」アヤメちゃんは何も答えない。
運転手は言った。
「正解は、何も入ってねぇ」
「……」
元から静かなアヤメちゃん以外の一同が全員沈黙した。
アヤメちゃんの選択は正しかった。
あと、平安神宮の鳥居は鉄製だとか、平等院は遠いから嫌だとか(これは単なる運転手の小言)、他にもいろいろな面白いことを聞けた。
駄洒落がほとんどだったような気もするが。
混雑した祇園の商店街を過ぎ、古い町並みと山の緑が目立つようになる。
タクシーは清水寺へ着いたようだった。
俺達はタクシーを降り、運転手と坂を下りた駐車場で待ち合わせをすると、教えられた道を歩きながら寺を目指した。
「ここは坂が辛いね」
すでにはしゃぎ過ぎて体力を使っているサツキが呟いた。
さすがに人が多くて、坂を上りながら大勢の人を避けるのは難しいものがあった。
「お土産は帰りにここで買おっか」
美沙ちゃんが言った。
タクシーの運転手に高いと言われた手前だが、買うとしたら今日ここで買った方がいいだろう。
店ではお客を入れようと、みんな手招きしていた。
「そこのお兄ちゃん買っていかへん?」
後ろから中年のおばさんに声を掛けられて、俺は立ち止まる。
店の中は八つ橋の甘い臭いで満たされていた。
俺はおばさんの商売上手に載せられ、イチゴ、チョコ、あんこの三種類の八つ橋を買ってしまった。
「おおきにー」
帰りに買えばよかったと思った時にはもう遅い。
「おまたせ……って」
店を出た、が、そこにサツキ達の姿はなかった。
(はぐれた……)
でも、道はほぼ一本道だ。
歩いていれば、サツキ達とも合流できるだろう。
俺はとりあえず上を目指し、寺の入り口へと到着した。
広い境内では、どこかの中学生達が集合写真を撮っていた。
その場所には人がごった返し、サツキたちの姿は見当たらなかった……。
幕間 少女達の京都(別視点)
その頃、既に寺へと入ったサツキ達の一行は、マコトがいないことに気が付いた。
「あれ、マコトどこ行った?」
サツキのふとした一言に一同が注目する。
「あ、本当だ。どこ行っちゃったんだろう」
「少し戻った方がいいかもしれないわね」
美沙はともかく、アヤメにも気づかれないとは、マコトも浮かばれない男である。
しかし、サツキの一言がマコトにさらに追い討ちを掛けた。
「マコトなら大丈夫でしょ。またどっかで会うよ」
サツキは楽観的に言った。
「でも、結構広いよね、ここ」
「うーん……じゃあ、後でマコト探そっか」
サツキは、マコトよりもとにかく早く寺を見て回りたくて仕方がなかった。
「そうしようか。マコト君には悪いけど……」
「よし、じゃあ、ここら辺で写真撮ろうよ!」
「そうだね」
アヤメは黙って周囲を見渡していたが、それらしい姿は見当たらない。
彼女が考えるに、ここで逸れるのはあまり好ましくはない。
作品名:青空夏影 面影は渓流に溶け入りて 作家名:如月海緒