溶鉱炉
それはキスなどという生易しい表現では表しきれない、濃厚な接吻だった。その接吻は甘美な魅惑を湛えていたのだが、どことなく懐かしさを感じた。
(そんなことって……)
僕はと言えば、うっとりとしながら、女の執拗なまでの舌の攻撃に屈していた。
涎の糸を引きながら、やがて唇は離れた。女は僕を妖しい瞳で見つめる。
「ねえ、抱いて……」
「正気かい? ここは製鉄所の仮眠室だぜ」
だが、女は粗末なモンペを脱いでいく。女の正体はわからなかったが、遠い記憶のどこかに、その女がいたような気がする。
仮眠室の布団は黴臭かった。その黴の臭いが、僕の理性を麻痺させていたのかもしれない。僕は女の求めるがままに、衣服を脱いだ。そして、女を抱いたのだ。
それは耽美な時間だった。僕は貪るようにして女を抱いた。女はそんな僕を、やはり貪るように求めたのである。
女を抱いた後、僕はしばらく呆然としていた。だが、女は素早く着衣すると襖の向こうに消えた。
「おい、ちょっと待って……!」
僕が慌てて襖を開けた時、女の姿はもうどこにもなかった。
(一体、誰だろうか? あの人は……)
だが、現実だった。僕の肌には女の記憶がしっかりと刻まれていた。
僕は配置に戻り、不審な女性を見たことだけを先輩に話した。
「そうか……。すると、あの女かもしれねぇな」
「あの女って、誰です?」
「戦時中の話だがな、戦闘機乗りの夫が戦死して、妻がこの溶鉱炉に身投げをしたんだ。その鉄で出来た戦闘機は、女の怨霊が取り憑いたように敵機を撃ち落としたそうだ。その戦闘機は、奇しくもその女の夫が撃ち落とされた場所で撃墜されたらしいがな。今でも、時々この製鉄所内で、その女の亡霊を見るって話はよく聞くぜ」
翌朝、僕は何か釈然としないまま帰途についた。
朝の商店街を抜け、小高い丘を上がったところに僕の家はある。
丘の上から見る製鉄所は子供の頃に漫画で見た、巨大な要塞そのものだった。真っ黒な煙を吐き出す巨大な煙突。窓から見える真っ赤に解けた鉄の色。溶鉱炉に身を投げた女とは一体……。
僕が家に着くと、既に朝食の用意がされていた。
「ごめんね。仏さんに、このご飯をお供えして」
僕は母親から小さな茶碗を受け取る。そして仏壇の前に立ち驚愕した。