溶鉱炉
何とそこには僕が昨夜抱いた女がいるではないか。どこかで見た女。思い出そうとしても思い出せなかった女。それは紛れも無く、僕の祖母だったのだ。
そういえば祖母の写真の隣にいる祖父は僕に似ている。
果たして僕は祖母の亡霊を抱いたのだろうか。いや、違う。僕の腕の中には祖母の肉の質感が残っていたし、祖母が立ち上がった時、ちゃぶ台が揺れてお茶がこぼれたではないか。あの時、確かに祖母はそこに存在していたのだ。
翌日、僕は再び夜勤に就いた。製鉄所の夜勤は1週間続く。
先輩が仮眠している間、僕は何げなく溶鉱炉を見つめていた。溶鉱炉は対流し、巨大な心臓のように蠢いている。
「おばあちゃんは本当にこの中に……」
その時、僕は人の気配に驚いて振り返った。そこには、あの女が、いや祖母と思しき女性が立っていた。
「おばあちゃん……なの?」
「そうよ……」
やはり僕の祖母だったのだ。祖母は妖しい微笑みを口元に浮かべている。
「でも、あなたの妻でもあるわ……」
祖母が僕に歩み寄ると、僕の唇を愛しそうに撫でた。柔らかな指の感触が心地よい。
「どういうこと?」
「あなたはあの人の生まれ変わり……」
祖母が僕に抱き着いてきた。その身体が異様に重い。
「でも、狡いわ。生まれ変わる時は一緒と言ったのに……」
祖母が全体重を掛けてくる。それにしても、重い。僕の足がよろけた。踵を踏み潰した運動靴が脱げる。
僕は慌てて祖母の顔を見た。その顔は愛しさと憎悪を織り混ぜたような顔だった。
「お、おばあちゃん……?!」
構造上、絶対外れることのない溶鉱炉の柵が外れ、僕の身体が宙に浮いた。溶鉱炉の熱が近づいていた。祖母の狂気の顔とともに……。
(了)