ルーツ
麻由はこれらの事態を知ったことで、母のこと、生みの祖父母のことに思いを馳せた。そして自分のルーツにも・・・。
口元がわなないている。
――かぁさんは、黒人兵の血が入ってる・・・ばぁちゃんの気持ちは、じぃちゃんの気持ちは・・・こんなこと、誰にも聞けやしないッ。
涙を拭きながら、本を最後まで読み続けた。
武器を突き付けて押し入った黒人兵達のなすがまま、おべっかを使いはしても妻を助けることが出来ずにいる男。女の部位の入れ墨を仲間に自慢している黒人兵。
後に男は妻の希望で別れ、キャンプでの遺体修復のための作業労務員となり、次々に戦地から空輸されてくる遺体の中から、その入れ墨を持つ皮膚を捜し出し、異様な光を目に宿し作業刀で引き裂く・・・。
男は、その黒人兵がなぜそのような入れ墨を、国に帰れば誰にも見せられないような入れ墨をしたのかと考えると、黒人兵は二度と祖国の土を踏めないことを知っていたのだと思い到る。
麻由は、未だに人種差別が絶えないアメリカの、1950年頃の彼らの扱われ方を考えた。
死ぬほどの辱めを受けた女性の存在は、男たちが主導する国策からは抹殺されてしまう。力を持つ者の、あるいはその事件とは隔絶された場所にいる者の好奇の視線が全身を舐めつくすという、二重の屈辱を味わうこととなるからでもある。
「おばちゃんは、朝鮮戦争、って知ってる?」
次のバイトの日に聞いてみた。
「知ってるよ、歴史で習(なろ)うたし。日本経済が向上したきっかけになったって。朝鮮戦争様様ってね、国中が浮かれてたらしいわ。ああ、あたしはまだ、生まれてなかったけど」
「アメリカが、日本を軍事基地にしてたことは? 日本も人員や物資の面で協力してたことなんか」
「今でも沖縄なんかそうなんやから、そりゃぁ、当然やろねぇ。確かぁ、まだ占領軍がおったん、ちゃうかな。けど、そのおかげで復興に勢いがついたことしか、習(なろ)うてへんわ。それが、どないしたん」
「うん、ちょっと経済の勉強でも、しとこ思うて。アベノミクス、との比較」
麻由は、苦しい言い訳をした。
「あ、いらっしゃいませぇ」
ちょうど客が入って来たことで、何かを言いかけたおばちゃんとの話は終わった。