それでもいつか遠くの街で
そのままにしていたSNSサイトの更新をしてみた。
先ほどから またアクセス数が増えていた。それによく立ち寄ってくれる会員のハンドルネームとコメント。やっぱり嬉しい。この嬉しいという感情は幾度感じても 新鮮だ。
コメントに胸躍らせて 目を向ける。
この女性の言葉のテンポ。僕の言葉と同調して馴染む。
この女性の関西弁。いつも僕の頬筋をうずうずさせる。
この女性の肩っ苦しい言葉。早くほぐれてくれればいいのに。
この男性の興味は やっぱりそこか。
あ、お初の会員さんだ。ちょっと丁寧にお返事しておこうかな。
この男性は、ちょっと僕に対抗しているのかな。気にしなくていいのに。
そんなコメントの間に ときどき見かけるハンドルネームがあった。
『こっちに来ませんか?』
「黄泉の国からの誘い文句でもあるまいし、黄泉?読み…… まあ無関係でもないか」
そんな短文になんと返事を書こうかと思う間もなく言葉は閃き キーボードに打ち込んだ。
『では ご指定日を! ダブったらごめんちゃい』
ほかのコメントへの返信と同じようにさらりと書いて送信した。
『12月22日 新幹線のぞみ34号(N700系)(東京行)
13:29博多12番―16:52名古屋15番
808.9km:3時間23分:18,340円
17:00 あなたを見つける』
「なんだよ、これ 気味悪いなぁ」
確かに僕の住いと彼女の居るだろう街にはこれが便利だということはわかる。
だが……
僕は、削除にカーソルを合わせ、マウスの左ボタンに置いた人差し指の先に神経を届かせた。軽くとんとんと指先を弾ませる。もし、力加減でクリックしてしまえば済む。でもこの行為自体 なにかの迷いがそうさせていた。
今まで聞こえていなかった秒針の音が聞こえる気がした。それに合わせた指のステップが止まらないのはなぜだろう。
僕の手は握っていたマウスを書き込み欄にクリックさせ、文字を打ち込んだ。
『素敵な出逢いを。。。』
そして、彼女のコメントを迷うことなく削除した。
今夜は、おしまいにしようと思っていたワインを再びグラスに注ぎ、味を堪能することなく一気に飲みほした。
そのアルコールがこめかみの辺りへ駈け上って行くように感じて瞼を閉じた。
削除したコメントの画面が瞼の裏に焼き付いていた。
作品名:それでもいつか遠くの街で 作家名:甜茶