影ふむ鬼子は隣のだれか2 神末一族番外編
黄昏にとけて
夜明けが近い。まだ交通量の少ない国道を、瑞は一人で見つめている。薄暗い空の下、そこに男の影が見える。電信柱と、ガードレールの隙間。黒い影が煤のように佇んでいる。それは決して、生きている者には見えない。彼岸を見つめたことのある瞳でなければ、捉えることのできない影だ。
娘を探して彷徨っている父親。
紫暮が見たビジョンを信じるならば、娘が死んだことを知らず、探し続けているという。娘はそんな父親を、彼岸で待ち続けている。
(なぜだろう)
互いを突然失ったのだろうと予想はつく。しかし、死してなお、苦しみ続けながら彷徨うということが理解できない。
執着、と言えば穂積は瞑目して別の言葉を選べと言うだろう。執着ではなく、ではなんだ。絆、愛。そういった感情に瑞は疎い。遠い遠い昔、どこかに忘れたまま生まれてきてしまったようだ。
靄がかかったような自らの記憶。何百年と式神として仕えてきた記憶よりも、もっと奥深く。そこには、誰かを愛した記憶はある。
主であり友である穂積への友愛も。
佐里に感じる愛しさも。
思い悩む紫暮を見ていると沸きあがってくるいじらしさも。
いつかの世で、自分が誰かを愛したことの名残なのだろう。
(感情は死なずに残ったのだろうか)
悲しみも愛おしむ心も費えたと思っていた。だけど穂積と出会うことで、すべてが巻き戻るようにして自分の心に戻ってきた。時計男に感じる思いも、憐憫に似ている。氷のようだった己の感情が、人間達の手によって次々と温かさを取り戻していく。
そしてまだ、蓋のあいていない封じられた記憶と感情の箱があることを、瑞は知っている。
作品名:影ふむ鬼子は隣のだれか2 神末一族番外編 作家名:ひなた眞白