影ふむ鬼子は隣のだれか2 神末一族番外編
風呂を出てから、穂積のところへ向かう。彼は浴衣姿で行儀よく座布団に座り、瑞とテレビを観ていた。瑞はといえば、だらしなく畳みに寝そべっている。主の前でなんという態度か。清香が見れば激怒するだろう。しかし穂積は気にも留める様子もなく、瑞とともに笑い声を上げている。
「お役目様、お戻りなさいませ」
「紫暮くんも、おかえり」
「先に風呂をいただきました」
「わたしは依頼人の家の近くの銭湯で済ませてきたよ」
気さくで、少しもぴりぴりしたところがない。穏やかで、朝の凪いだ海のよう。どんなふうに生きれば、こんな穏やかな人間になれるのだろう。
(柔らかい空気・・・)
些細なことに腹をたてたり、小さなことで落ち込んだり。紫暮自身はそれが思春期によくある自己嫌悪とは気づいてはいないが、そんな思いに振り回されるこの頃なので、穂積のようにいつでもフラットな心の持ち方をうらやましく感じている。こうありたいと思う。弓の道に邁進しても心はまだ未熟で、無心などとは程遠い己の心のあり方が、わずらわしくて仕方がない。
「・・・あの、ばあさまは?」
「お茶のお弟子さんのところと聞いている」
「そうですか」
新聞記事の礼と、気にかけてくれているのならば報告をしようと思ったのだが、またの機会にするか。
「夕方の芸能ニュース見逃したー」
瑞は芸能ニュースが好きだ。聞けば、どうしてそんなことしようと思うのだろう、と興味が沸くかららしい。ものすごく複雑な不倫をしたり、正月には海外へ行ったり、金をはたいてブランド物を買ったり。人間っぽい、俗っぽいことが面白くてしかたないのだと思う。人間の心がわからない瑞にとって、よい勉強になっているのかどうかは知らないが。
「もう伊吹は寝たかな」
穂積が壁の時計を見ながら呟く。九時になろうとしていた。
「伊吹くんは・・・幾つにおなりですか」
「やっと四歳だ。保育園に通ってる」
伊吹というのは、神末家の次のお役目だ。穂積の次代に男児が生まれなかったので、甥孫にあたる伊吹がその役目を継ぐことになっている。
「・・・四歳か。まだ小さいんですね」
いずれこの穂積の跡を継ぎ、瑞という最強の式神を従える子ども。紫暮が清香の跡を継げば、紫暮が片腕となって助ける当主となる者だ。強大な力を得ることが、生まれる前から決まっている者・・・。
「気が小さくて泣いてばかりだよ。須丸と神末がどうこうでなく・・・きみが伊吹のよき兄貴分になってくれると嬉しい」
「そんな、俺なんて・・・」
「お兄ちゃんがほしいって、よく言ってる。女が強い家だから」
小夏は厳しくてなあ、と笑う穂積。伊吹の姉の小夏は、強気で勝気だ。
作品名:影ふむ鬼子は隣のだれか2 神末一族番外編 作家名:ひなた眞白