奥付③ 電動自転車の女
恵一は出会ったばかりの
その女に夢中で話し始めた。
「捨てた、っていうのとは違うか」
恵一は立ち上がり屋上の手摺をギュっと握った。
女は何も喋らずに、だまって男の言葉に耳を傾けていた。
「お互い高校生だったから、相手の親が世間体が悪いって、子供を堕させた後、父親の単身赴任先へ逃げるように引越したんだ」
「その時、おじさん何もしなかったんだ?」
「僕も子供だった…。 親の言うとおりにするしかなかったんだ」
「かわいそうな命」女がそう言った。
「彼女には弟がいたんだ、足が悪くて車椅子の生活だったんだ。 一方、僕は母子家庭でさ…いつもここで
話したな、色んなことをさ」
恵一の身の上話を女は
真剣に聞いた。
今まで順風満帆できたのに、リストラにあい、家族が崩壊寸前なのは
このことの罰なのだと語った。
「だったら死ねば?」女が言った。
「そこから飛び降りて死ねばいいよ、楽になれるよ」
階段を上がりながら、何度も振り向いた時の少女の笑顔はそこにはもうなかった。
女はひとつに束ねた髪をほどくと
苛ついた態度でクシャクシャっと頭を掻き、
一度も振り向かずに恵一を置き去りにした。
必要とされていたはずの
漫画本もベンチに置き去りにされた。
死のうか。
疲れた。
誰の為に働くんだ。
何のために生きるんだ。
オレは何故ここへ
来たのだろう。
作品名:奥付③ 電動自転車の女 作家名:momo