奥付③ 電動自転車の女
女は階段を駆け上がるように昇って行く。
時折振り返っては恵一に笑顔を向ける。
おい、きみ、待ってってば…。
きみ…いつかのオレの記憶に
あるような、ないような。
きみは誰だ?
11月の冷たくなった午後の冷気が
鼻の穴を抜ける。
周りの木立よりも上の階まで昇ると、空が一気にひらけ水色よりも、
もっともっと白い空が封印していた恵一の記憶の扉をあけた。
屋上に出ると、プラスチックの長椅子があの頃のように、川を眺める向きに並んでいた。
「大丈夫? おじさん」
「凄いね、息切れないの?」
長椅子に倒れこみながら、それだけ答えるのが精一杯だった。
沢山話したいことがある。
話したら楽になるのか?
オレの罪を。
「なんか、きみ、僕の昔の彼女に似てる」
「そう?」
「うん、多分似ている」
「僕が今、こんなに辛い思いをしているのは、きっと僕に与えられた罰なんだよ」
「なんの罰?」女は子供のように尋ねる。
「子供を堕ろさせて、そのこも捨てたんだ」
今まで誰にも話したことがなかった。
それに今まで忘れていた。
作品名:奥付③ 電動自転車の女 作家名:momo