奥付③ 電動自転車の女
「小6の息子がね、その漫画好きで
古本屋で買ってくるんだけど、さすがに最新刊は…ね」
その女はまるで近所に住む顔見知りのように、ひとなつっこく話しかけてきた。
恵一は一番上のその漫画を無言で
女に渡した。
「ありがとう。これ…お礼」
どこかで見たことがあるような
小さくて丸いゴツゴツとナッツが見え隠れしているチョコレートが
なんのプリントもされていない
透明な袋に5.6個入っている。
恵一が躊躇したのを悟ったのか
女は笑いながら言った。
「大丈夫、毒なんか入ってないから」
どうせなら、毒入りの方がありがたい。
「私、その先のチョコレート工場で働いてるの」
チョコレート工場と言う言葉に
恵一の頭に沢山の記憶が波のように
次々に押し寄せてきた。
「まだあるんだっ!?」
仏頂面を決めこんでいた恵一の
口元が緩んだ。
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、オレが子供の時、母親が袋詰めのパートをしてたよ、なつかしいなぁ」
「行ってみる?」
「いいの?」
ひとなつっこいその女は、今度は
旧友のように恵一を工場に誘った。
そこから工場は川沿いを川の流れにさからって500mほど行き、今度は緩やかな坂を少し登った右手にあった。
建物の近くまで行くと、少しだけ
チョコレートの香りがした気がした。
袋に詰める工場で実際に
そこでチョコレートを練ってるわけではないから
そんなには香らないのだ。
女は鉄柵の前で手招きして
声を細めて言った。
「早くっ! ここからよじ登ってっ!」
「はぁっ⁉︎ なんでっ⁈」
化粧っけのない、素顔のままの無邪気なその女が少女に見えるのに
時間はかからなかった。
恵一は言われたとおりに鉄柵を
よじ登って工場の敷地内に入り
女のあとを追った。
女は建物の脇の非常階段らしき
錆びた階段を上へ上へ昇って行く。
3階あたりで、もうヘトヘトで
心臓がバクバクしていた。
まだか?
どこまで行くつもりだ?
おい、きみ、待って…。
作品名:奥付③ 電動自転車の女 作家名:momo