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海野ごはん
海野ごはん
novelistID. 29750
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ひらひらの夜だもん・・・

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慎一は由里子を見た。
昔は美人で男モテもよかったのだろう、和服よりドレスが似合いそうな顔立ちだ。しかし、今では目尻に皺があり、首筋もたるんでいる。腕にだって皺とシミが浮き出してる。
誰だって年をとるものとわかっちゃいるが、女が一人、カウンターで一人手酌してりゃよけいに淋しく見える。

「普通の人生ってわかるか、あんた?」慎一は聞いた。
「お姉さんに向かって、あんたって口が悪いね。年下だったらちゃんと姐さんって呼びな、坊や」
「・・・・・・ふん!姐さんって呼んだら極道の妻みたいじゃん?ただの主婦だろ」
「ただじゃないよ。これでも立派な主婦だよ」
「くくっ・・・。立派ね~。立派な主婦がこんな所で酔いつぶれなのか」
「まだ酔いつぶれちゃいないよ。あんた絡み癖あるんじゃないの?プーはやだね~」
由里子は慎一の方に向かってタバコの煙を吐き出した。
店内は誰もが大声で話している。
真一と由里子のやり取りは、その中の風景の一部だから誰も気にはしていない。

「いや・・・普通の人生ってどんなか聞きたかっただけさ」慎一は今度はしおらしく聞いた。
「普通の人生?・・・ほら、周りを見てみなさいよ。こんなんさ」由里子は振り返った。

白いシャツにネクタイ、灰色のスーツ姿。会社帰りのOL。みんな働いた後の憂さを晴らしに来てるのか、よからぬ相談か。ざわめく店内ではあちこちでテンションが上がっている。
安酒場の気軽に立ち寄れる居酒屋。この世界が夕方になると毎日繰り広げられてるのかと思うと慎一は、日常に埋もれて出口を必死に探そうとする自分がバカのように思えた。
慎一は生ビールのグラスの底を天井に向けると、アルバイトの学生を呼び、お代わりを注文した。

「あんたさ・・・よくここに来るのか?」慎一が由里子に聞いた。
「家がすぐそば。夕飯いらない時はここにいる」
「旦那、出張なのか」
「そうみたい・・・ずっと出張」
「ここで一人飲んでたら、よく声かけられるだろう?」
「そう・・・あんたみたいなナンパ師にね」由里子は小さく笑った。
「・・・・あんたが先に声かけたんだぜ。ライターあるかって」
「そうだった?」
「おばさんは物忘れがひどいってか?」
「・・・そのおばさん・・やめてくんない。嫌いなんだから」
「おばさんだろ!」
「・・・やっぱり、あんた絡み癖があるよ。おぉ~ヤバッ」
由里子は慎一に背中を見せて、徳利から自分のお猪口に酒を注ぎ足した。
慎一もそれを見て、自分の生ビールを飲みだした。


カウンターの前では料理人が忙しく立ち回っていた。飛んでくる注文にいちいち「まいど!」と言って応えている。包丁の音、食器の音、背中には馬鹿騒がしいサラリーマンの集団。
カウンターで一人いるのは、周りが騒がしいだけによけいに孤独を感じる。
静かな酒はますます孤独を引き連れてくるようだ。