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海野ごはん
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novelistID. 29750
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ひらひらの夜だもん・・・

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「ひらひらの夜だもん・・・」





「ライター持ってる?お兄ちゃん」
サラリーマンでにぎわう居酒屋のカウンターで、一人で飲んでいた慎一に隣の女性が声をかけてきた。
「すいません。持ってないです」
「あっそう・・・」
彼女は周りを見渡したが、声をかけやすそうな人間が見当たらなく仕方なくタバコをしまおうとした。
それを見た慎一は手を上げてアルバイトらしき女の子に大きな声で
「すいません。ライターありますか?」と聞いた。
「あら、ごめんなさいね。助かっちゃった」
40をいくつか過ぎた歳の、慎一よりも一回り以上年上の由里子は笑顔を見せた。
女子高生のような給子の女の子は、何の有り難さもないどこでもありそうなプラスチックのライターを持ってきてくれた。

「タバコ・・・いいわよね。吸っても・・・」
「ぜんぜんいいですよ」慎一は遠慮せずにという顔で返答した。
「一本貰う?」
「いや、俺は吸わないから・・」
「あっ、そう・・」慣れた手つきでタバコの封を開けると、彼女は貰ったライターで火をつけ、深々と最初の一服を吸い、白く半透明の煙を大きく吐き出した。

由里子の、注文したお銚子がカウンターに運ばれて来た。と、即座に一人手酌で彼女は飲みだした。
「熱燗ですか、それ?」慎一は気になって質問した。
「あ~、これね・・・ぬる燗。ビールじゃ酔えないし、いつもぬる燗なんだわ」
「だけど、今日みたいな暖かい日には暑くないっすか?」
「別に。私は日本酒党なの。親父みたい?」
自虐のように笑う彼女は絶対、普通の主婦じゃないよなと慎一は思った。

「あんた、いくつ?」由里子が好奇心で聞いてきた。
「28」慎一が答えた。
「若いね・・・・いいね。私もあんたとおんなじ時あったわ」
「その頃、何してたんすか?」
「水商売」
「やっぱりね。じゃないかと思った」
「なんで?今は主婦やってるんですけど」
「堅気じゃないね。普通の主婦はそんな雰囲気してないし・・」
「あんた、言うわね・・・・まっ、いいか。どうせひらひらの人生だし。しょうがないもん」
由里子はまたタバコを咥え吸うと、今度は天井に向けて煙を吐き出した。
あきらめを一緒に含んだ煙は人生に疲れて侘しいのか、宙を目的地なく漂い消えてゆく。

「あんたさ、いい男なのに、なんでこんなところで一人飲んでんの?」
「若いだけさ。いい男じゃない。だから一人なんだ」
「あんただって、まともな会社員に見えないよ。プー太郎?」
「・・・・プーに見えるか?」
「わかんない。ただ、あんたも普通じゃないよね」由里子は下を向いて笑った。