光の雨 神末家綺談最終章
「もういいっ!コーヒー買って来るっ!」
「はい俺キャラメルフラペチーノ!」
「自分で買えバーカ!」
「バカって言ったほうがバーカ!」
「ふんだ!お兄なんかもー知らん!」
妹がずんずん坂道を登っていってしまう。やりとりがおかしくて、老人は思わず噴き出した。幼い子どものような会話の応酬ではないか。
「あ、うわ聞いてました?すんません、やかましくて」
青年が苦笑を浮かべて頭を下げる。人懐っこい笑顔だった。
「仲がいいのですね」
「あいつ反抗期なのか兄に対してひどいンですって」
重いため息をついて、青年は老人の隣に座りなおした。
「京都の学生さんですか?」
「うん。今日は妹が大学の見学に出てきたから、付き合ってたんだ。おじいちゃんは?」
「明日、こっちで孫の結婚式があって」
「おー。おめでとうございまーす」
他愛のない話が続く。話していて気持ちのよい若者だった。
「俺、京都へは修学旅行で初めて来たんですけど・・・ここからの景気がどうしても忘れられなくて。それで進学先を京都に」
若者は、日に照る水面を眩しそうに見つめながら言う。
「ここからの、景色・・・?」
「懐かしいっていうのか・・・どうしてこんなに、ここに来たくなるのかなって思う。遠い昔に、誰かと一緒にこの景色を見たような。既視感っていうのとも違う」
それは、老人が感じていたのと同じような感覚だった。
作品名:光の雨 神末家綺談最終章 作家名:ひなた眞白