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私の読む 「宇津保物語」  楼上 下

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 ご自分がそういう辛い目にあったら、と思いやっていただきたい。私が悲しんで申し上げているほどには、貴方は感じにならないのですね。私が貴方のお側に行こうとしないのは当たり前のことでしょう」
 
 仲忠は笑って、
「仲忠こそ貴方に訴えたいと思うことがあるのです。どのように私が申し上げても、元日早々縁起でもないと仰るでしょう。二日にはお帰りなさい」

 一宮
「世の中の常識から外れています。常識のある人ならみんなそう思うでしょうよ。やはり早く京極へお帰り下さい」

 と言うが仲忠は一宮の側に寄っていって伴寝された。

 仁寿殿女御が果物を三枚の折敷に載せて差し出したが、仲田は食べずに帰って行った。

 涼は立ったままで挨拶をした。
「母君がいらっしゃるのだから、一宮はどんなに腹が立っていても貴方にお会いになったのでしょう」

 仲忠
「そうでもありません、腹が立つので急いで帰るところです」

「後悔するようなことをなさって、目を合わせることもできないで」

「片方にはずされてしまいました。宮はけしからんことを言って嫌になるほど憎いお心です」

「あの國譲りのことを覚えていらっしゃるでしょう。帝をさえなんとも思わない人達ですから」

「本当に、あの正頼一族に心が似ていらっしゃるのは真に憎いことです、静かに温和しく私達があの一族の自由になるようにまだ残っているばかりですよ」

 と、言って仲忠は去っていった。

 左大臣正頼が厄年に当たるというので、正月二日の大臣の大饗は厄落としもあってされるのであるが、後の二人太政大臣忠雅、右大臣兼雅二人も何かはなさるだろう「騒々しい年の初めだね」と人々は言う。


 正月晦日に近い子の日に「子の日の宴」正月の初子の日に、朝廷で公卿などに賜った宴。の用意をするようにとのことで、太政大臣忠雅と右大臣兼雅両家の者達大勢があり山の辺を歩き回る。長閑な日で楼の上から見降ろすと、色々な若い人、童に下仕え装束を着て、
壺装束の女子もいて、あちらこちらで、子の日の遊びに小松を引いたり、歌を詠んだりしている。

 二月の晦よりは楼で犬宮に教える。山の景色が春の色に変わっ行くのを見て、見る甲斐があると練習をする。

 三月の節供、祝いの膳を美しくして犬宮に捧げる。桜の花、葉は彼岸桜に似ているかばざくら花、が美しくて趣がある。楼は桜の花に包まれた。

 犬宮は真面目であるからか、なんとなく大人のように成長したように見えた。鶯が花の近くで啼くと、琴をのどやかに鶯の声に合わせて弾きながら、

 鶯の花にむつるゝ声きけば
こひしき人ぞ思ひやらるゝ
(鶯が花に睦れて啼く声を聴くと、恋しい母宮が思い遣られる)

 と詠いながら弾くと、仲忠は可哀相にと聞いているが、大事に育った子は人を恥ずかしがってひどく人見知りをするから、聞き流していた。

 四月の賀茂の祭りの日に、賀茂葵と桂を組み合わせた、葵かづら、を冠烏帽子に刺したり参加の牛車の御簾に掛けて飾りとしていて美しく、清らかで神々しい。

 賀茂の神主は兼雅の北方に葵かづらを持ってきた。。内侍督は神主に被物をした。
 
 仲忠は、清らかな四位、五位の者を選んで、内侍督の護衛に付けた。内侍督尚侍は薄様に歌を書いて奉納する。

 玉すだれかゝるあふひのかげをそへば 
   心のやみもなかりける世を
(玉簾の懸かった葵の影がさすと、私の心の暗い気持ちも消えるようです)

 大将仲忠、

 雲井なるかつらにかゝるあふひにも
むかはぬほどぞくれ惑ひける
(雲井にある桂に懸かる葵も見定められない間は、心も闇の中のように惑うのです)

 かつらをお懸けになるにつけて、思うことが尽きません。ああ恐れ多いことです。

 と、詠うとお互いに哀れに思う。

 五月の節供に兼雅から節供の供え物が京極に贈られてきた。その一部を一宮の母仁寿殿女御に差し上げた。仲忠も気持ちを込めて上等な物を差し上げた。

 仁寿殿の親王達から下仕えに至るまで、衝重(神供や食器をのせるのに用いる膳具。今の三方)を差し上げた。(現在の高級折り弁当だと私は思っている)

 何時も尚侍の節供は、蔵人が差し上げることになっていた。

 五月雨が続いている。雨の中静かに暮らす日、時鳥がかすかに啼いて月がほのかに見える。内侍督、仲忠、犬宮、三人の合奏が大変に聞き応えがある。殿内のあちこちにいる人達は泉殿に出て三人の演奏を聴く。聴いている人の中には元々琴をよく弾く人もいる。どの音がどの人かということは解らない。三人は出来るだけの手を出し尽くして演奏をしている、曲によって琴を替えて弾いている。静かな音がやがて高い音になって響き土の中まで響くようである。哀愁のあることは限りがない。 

 六月、暑いけれど楼の上は高い山から吹き付ける風がよく通って涼しい。犬宮は薄い単衣の襲を着ている。晦日にお祓いをしたが、犬宮、内侍督は先駆けをしっかり整えて、河原に出て払いをした。

 兼雅も娘の梨壺の御子を連れて河原に出て禊ぎをする。仲忠の前に行くまでに、平張りの犬宮、内侍督の座所が近いので梨壺の子供は宰相の君の小君と遊んで
いて、

「あの平張りに行ってみよう」

 二人は幕を引き上げて幕内に入ってみると犬宮が内侍督の側に三尺の几帳をたてて座しているのを覗かれた。お互いに目を合わせると、犬宮はつっと後ろを向くと内侍督が驚いて、胸が詰まり、

「何と言うことを、仲忠が来たのかと思って・・・・・・」

 幕の外に膝行り出て、困ったことをしてくれた、と激しく言うが聞く者は誰も居なかった。

 座を作って梨壺の御子を座らせて、静かに、

「何か御覧になりましたか」

「何も見てはいません」

 と、静かに御子は返事をする。その態度は思慮があり、大人のようであるのでこの事を有りのままに言うことはないと内侍督は思う。御子は幼心に、

「ちいさい人は見たが今までこんな人を見たことがない、とっても綺麗な人だ、もう一回見てみたいものだ、そうして一緒に遊ぶのだ」

 心底そう思うが、それを口に出しては言わなかった。

 犬宮は
「母宮にさえ見られないのに、幼いとはいえ男の御子に見られるとは、とんでも無いことである」

 と、男の子に見られたこと、恐怖に近い気持ちである。入ってきた御子に内侍督はお菓子をあげたりしているが、御子はあまり食べない。犬宮は幕を引き上げて入ってきた若君がとても美しい。若君は、

「宮さん、私の処にお出でなさい。水鳥が池にいますよ」

 と言うので内侍督はもう一回会いたいのだろうと気にするが、そうでもないようである。仲忠が来たので若宮達は帰って行った。仲忠は

「恐れ多いことに、若宮達は、不作法に入ってこられたようですね」

 犬宮は夜まで鵜飼いを楽しんで帰る。仲忠は父兼雅の帰りを見送る。

 七月七日、犬宮は髪を洗おうとして楼の南、山の水を引き込んであるところに方形の台に畳を敷き,四隅に柱を建て帳(とばり)を垂らす浜床(はまゆか)を造り、内侍督が犬宮を連れてきた。尚侍も共に髪を洗う。人からは見られない処であるが、警備の者を立てられた。