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私の読む 「宇津保物語」  楼上 下

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「お安いことです。貴方の姫君には何を教えになりますか」

「琴の端っこでも解らせようと思ったが覚えが悪いので、却って教えない方が良いと思ってます」

「何よりも琴が弾けないのは困ります。それでは私が教えましょう。結果が犬宮ほどにならなくても犬宮と同じように教えましょう」

「そのようなことはなさいますな」

 仲忠
「教えることがいい加減であれば、雷の神に撃ち殺されましょう。本気ですよ」

「教えになると言うことは本気でしょう。私の娘はわざわざ教えて下さらなくても宜しいのです。それは、
 先ず第一に娘はひどく不器量です。犬宮と較べられると嫌になりましょう」

 とは涼は言うが

「仲忠は自分には稀な犬宮があると思っておられるだろうが、私もそれを知らないわけではない。内侍典が言ったように、『なんと美しい』と言われる程の犬宮に較べると、うちの娘は華やかなところは少し負けるけれども、だいたいに於いてそこいらにも、娘ほどの器量の者は見あたらない。

 娘も並はずれた不器量ではない。いっそ娘に会わそうか」

 と涼は思って迷う。

 仲忠
「私もちゃんと犬宮を見せたのだから、涼よ、やっぱり姫をお見せなさい。内侍典が言うには、『生まれたばかりで美人か不美人か区別が付かない頃にもう、犬宮見ると此方、姫を見ると宮、とどちらも見たくなる、両方を並べて見たくなりますよ。今もこの先も私のように人は言いますよ』

 と、内侍典は言っていたな」

 仲忠
「お互い仲良く見せ合おうじゃないか」

「犬宮を私は、何かの時に横顔を一寸見ただけです。内侍典は人をいい気にさせる様なことを言う、良くない女だ。娘は母親と画を描いている」

「それは丁度良い機会だ。そっと私を連れて行って覗かせて下さい」

 涼は笑って、
「面白いことですね。私を愚か者と思いになっていますよ。宜しい、瞞されてみましょう。母親の兄たちにも見せない娘だが」

 と、涼は急に起きあがって奥に入り、絵を描くと言っている娘を抱き上げて、灯火のあるところから少し離して座らせる。その姿は大層上品でほっそりとしている。

「こっちへお出で」

 と仲忠が呼びかけると、。姫は人見知りをして父親の方に行く様子が、犬宮の背丈と同じくらいで髪が少し背丈に短い。姫は身体は小さいが犬宮より大人で 大層美しい、じっと見つめていたい娘だ。

「灯火の明るい処でお顔を見たいな」

 と、仲忠が言うと「そこまでは」と、涼が抱き上げると、つやつやした縹色の唐綾の袿に掛かる髪は尾花のようで、大変になまめかしい姿態である。

 灯火の明るいところで絵を描いている。なかなかの美人である。涼は急いで姫を奥に連れて行った。涼は、犬宮は子供子供しているが気品があって勝れているところはこの上も無いと思う。

 涼の北方今宮は、
「思っても見ない馬鹿なことをなさいます」

 と、姫を見せたことに腹立てるので、涼は姫を置いて逃げた。今宮は、

「気が狂ったのでしょう。他の物万人集めて姫を見せても、仲忠にはこうして見せることが有ろうか。仲忠と姫はお互い正面むきあって見たのであろう」

 涼は仲忠に、
「今宮にさんざん言われましたよ。・ひどく騒がしいことで。私は今宮に何時も嘘を言いますが、それは貴方のためですよ」

 と、恐ろしそうに嘆くので、仲忠は、

「友よ、そう嘆くでない。何でもないことだよ。姫君はとても美しいではないか。犬宮も同じ年に生まれた。姫は、背丈は同じぐらいだが、髪は姫の方が長い。同じようだが何かと姫の方が少し優っている、と仲忠は見た。

 姫は非の打ち所がない、これほど結構な娘を持つ者はそうはいませんよ」

 涼
「左衛門督忠純の娘が大層美人だと言うことですよ」

「そうであったとしても誰も知らないでしょう」

 夜が明けてきた。

 仲忠
「こんなにお世話になって、お礼に何を差し上げましょう」

 涼
「何も頂こうとは思いません。ひたすらに、内侍督が手にしておられる奏法をすっかりと弾きになって、火宮が習ってお仕舞いになったとき、合奏なさるのを聴きたいと思います」

「それはお安いことで」

 と、暫く話をしていたが急いで起きて、一宮の方へと行く。一宮の寝ているところの障子を叩いて、
 
 すもりごのかへらぬほどは冬の夜の
かものうきねぞわびしかりける
(巣の中の卵が孵らない間(犬宮が一宮の傍に帰らない間)は父親の鴨(仲忠)は寒い冬の夜も侘びしい浮き寝をする他はない)

 ああ、ひどい目に遭うものですね」

 と、仲忠は変わった声を出して詠んだ。一宮は聞こえたが「嫌な奴」と返歌をしなかった。本当のところ一宮も日数が経つと犬宮が恋しくなる。涼は変な夫婦だと声を掛けなかった。
 

 十一月少し暇が出来て、仲忠は一宮の無愛想にも懲りずに一宮の許に行く。

「新年早々独りで居るのは宜しくないでしょう。貴女の処にとも思いますが、犬宮を京極に置いては心許なく思いでしょう」

 一宮
「仁寿殿がやっと御退出になって、年越しをなさるはずですから、犬宮を車に乗ったまま見ましょう、降りなくても良いから。此方へお連れして」

 と、言うのであるが、仲忠は、
「その時、此方には皇子達がいらっしゃるので都合が悪いです」

 と、承知をしなかった。

 年末になったので諸国にある仲忠の荘園から絹や綿が送られてくる。仲忠は節会に必要なもの以外は、きっちりと分ける。

 一宮の母の仁寿殿には大層立派な物を差し上げる。 
 兼雅と三条殿の対にいる三宮始め夫人方に色々と送られる。
 内侍督と宰相の君にも贈り物をする。

 これらの使いをする者には縹色の綾の細長を被物とした。各方面からの贈り物が数々あるがその使者にも同様に被物をした。

 広々とした庭に三百ほど種々異なる鳥を添えて贈り物を集めてある様子は、庭の様子を一変している。

 遊び道具を色々と取りそろえた。それぞれ特徴があるように作られている。

 内侍督が贈り物を見てみると、大臣の家でもこうは出来ないだろうと思うほど立派だと思う。

 朱雀院や春宮からの贈り物は大層華やかだ。

 出家し仲頼、そして忠こそ僧都の処へ贈り物をする。

 正月一日には、帝、二人の院、春宮、大后の宮などに参賀する。仲忠の参賀の列の先駆けは立派な供揃いである。女房達は少しやり過ぎと見ている。一宮の許に来て正頼の北方大宮、次に一宮の母仁寿殿へ新年の挨拶をする。仁寿殿は、

「私は若い頃から帝に仕えているから、普通の者を何とも思わない。仲忠を見ると深くしみじみと心をひかれる感じがして、不思議に自分が恥ずかしくなってくる気持ちがして命が延びるようである」

 一宮の殿に行くと、宮は逃げて仁寿殿女御の所に行ってしまったので、「これはどういうことですか」と、恥ずかしそうに言うので

 二宮が、
「犬宮が京極にいる間は会わないと去年の秋よりこうであります『藤壺女御に知れるのも恥ずかしい』と言って、姉は貴方を怨んでおいでです」

 一宮
「貴方のなさり方があまりにも非道い仕打ちです。