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私の読む 「宇津保物語」  楼上 下

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 仲忠は公私ともに天下一番の才能・容姿・考えていることを公表したり見せたりして評判になっているのを、自分は少し気が済むが、これを父の俊蔭にお見せすることもお聴かせすることも出来ないのは何と悲しい詰まらないことだろう。

 いかなる人であろうと、帝であろうと、数にも入らない者でも八十、九十まで生きて、満足するほど子孫の結構な繁栄を味わえる人は、どのような因縁の人だろう。まれにしか居ないであろう。情けないこと悲しいことである」

 と思いつつけて悲しむ。更に、

「父君は来世で何におなりだろう。生涯歌をお詠みになった。貧しいなかで父が法師を招いて講釈させなさった、堤婆達多品、金光明最勝王経を京極のこの殿で毎日父のために読んで貰おう。施餓鬼会はこうさせよう。

 自分も歳を取っていくが特別にこれと言って思うことはない。心を静かにして自分も陀羅尼を念じていこう。すべてのことにつけても有り難いということならば此の世にいる間何でもしよう」

 過去未来を考えて臥せられた。


○ 堤婆達多品は法華経巻五で功徳の最も優れた経文。

こうして、仲忠は妻の一宮に対して、あやふやで気の毒に思うが、琴の伝授という仲忠の家にとっては一番大事な事をしているのであると夜昼心に留めている。

 仲忠は毎月四五日置きに夜一宮の元へ出かけるが、一宮は、

「恋しい犬宮にさえ会えないのに。貴方に会うのはいやです。犬宮に対してみっともないし、心苦しい」

 と、格子を上げさせない、仲忠は、

「妙なお叱りですね」

 と、高欄に寄りかかって過ごして、京極へ戻る。

 右大臣兼雅は口実を設けては北方内侍督の許へ来るが、北方は、

「若い人でさえ愛する子と別れて独り臥しているのに、大変見苦しいことをなさいます」

 と、出て行かれない。内侍督、

「お会いいたしますと、味気ないことで、今に大きな事が起こるかも知れません」

 と、そのままお帰り願うと兼雅は事細かに言い寄られるが、

「仲忠の思惑を考えても、みっともない」

 と、北方は相手するにも言葉が無くなり 、相手をしなくなる。仲忠が精魂込めてしていることなので、気持ちは穏やかでないが兼雅は帰って行く。

 このようなことを見ている人達は、何と面白い夫婦であるなと噂をする。


十一月一日より寝殿も静かであるから、犬宮に稽古を付ける。風が止むことなく仕切りに吹く荒れた日なので空もどんよりと、雲が低い。

 内侍督は、十一月のこのような日に合う琴の手を犬宮に弾いて聴かせると、少しの誤りもなく元の琴の音よりも綺麗に弾く。仲忠驚いて、母に、

「大人で納得していてもこのようには弾けません。祖父の朱雀院はこれをどんなに感動して御覧になりお聞きになることでしょう。院以外では涼だけがこの上達ぶりを理解されるでしょう」

 と、言う。


絵解
 この画は、新嘗の日、仲忠も内裏へ参上しようとすると、世にも有名な容姿端麗で美しい四位五位の供人が大勢集まっている。みんなは寝殿と西の対、渡殿、北の廊にかけて並んでいる。


 雪が夜から降り続けて高く積もっている。前の池に遣り水、植木なんかの光景が趣がある。二尺ばかり積もった。人々は、

「最近はこのように雪は降らなかったが、こんな中を歩いたならば、並大抵のことではないですよ」

 と、言っているのを内侍督は、

「何と、昔このような雪の日がありました。こんなに雪が降るのにどうして外へ出られましょう。と私が言うのも聞かず、仲忠が

『食べ物を手に入れようと、山へ行こうか川にしようか』

 と、言って無理に外へ出て行った」

 と、思い出していると、雨脚よりも激しく涙が落ちてきて袖を濡らすので、疎ましいと思うが止まらない、

 山はさえ川べの氷雪しみて
涙の雨とふりし宿かな
(山は凍り、川辺の氷の上には雪が積もって固まる日に、止めても聞かず幼子が出て行った後の宿には、涙が雨のように降った)

 と、思い出しているとき、犬宮が、

「お泣きにならないで、私も泣きたいのを我慢しているのです」

 仲忠
「母上をさぞかし恋しいと思っているでしょう。どんな気持ちでしょう」

 犬宮
「雪が降る頃までお会いしないから、本当に淋しいけれど、乳母が泣きなさんな、と言うので我慢しています。母上はこんな日には雪で山を作らせになって、私と二宮が並んで山で遊ぶのを見ていましたよ」

 と言って、泣きそうになるのを紛らそうとしている。

 黒い艶のある衣に薄い蘇枋の唐綾の細長姿が清らかで大変に美しい姿である。

 雪山を作ってもらい、犬宮は童達と雛遊びをするのを大人達は見ていた 。

 仲忠は誰よりも早く一宮の許に行ったのだが、例によって中に入れてくれない。しょうが無いので一言声を掛けて涼の所に「身も縮む思いですよ」と言いながら訪れた。涼は、
「本当にお気の毒です」

 と言って笑い、
「先ず、お脱ぎになって」
 と、仲忠の濡れた着衣を手にして屏風に掛けると仲忠は、

「大変におかしな事ですが、貴方の女房にしてくれませんか」

 涼
「分以上のことをした人ならば、貴方を女房に出来るでしょうが、私ごとき屑みたいな者には勿体なくてね」

 と、笑いながら言って、前の火鉢の炭火を沢山おこして、衣掛けに掛けた袿などを五襲重ねて、

「これは汚れていません」

 と、仲忠に着せてあげる。仲忠は、

「いつもの発作でね、もう少し大人になっていただければ良いのですが。全くどうしてあのように困った宮のお心だろう。

 それはそれとして、今夜は本当に嬉しい。一緒に語り明かしましょう。他人行儀は止めて、いつものように砕けた話を致しましょう」

「何処に行ったのだろう、帥の女房は、まだ食事はしていないのだよ。食事を作ってくれよ」

 涼は、
「中納言女房よ、早く来てください何処へ行ったのだ」

 と探し求めるので帥女房は、

「本当に困ったことです。あんなにお呼びになるのにどういたしましょう」

 と、装束の色合いや光沢の工合も言いようのない結構なものを着て、三尺の几帳を手にして身を隠し膝行り(いざり)出てきた。

 大変艶のある袴を穿いた童に灯火をあちこちに置かせて料理を運んできた。仲忠は帥女房が恥ずかしがると思って、小さくなって片隅にいた。

 涼は帥女房を大層大事にして、大納言の娘だからといって特別に待遇して賄いもさせないと言っているのに、このように使っては気の毒だと仲忠は思う。

 中納言女房というのが奥から涼の食事を運んでくる。童はまたよい子である。どことなく清らかに見えるからである。仲忠の目が留まる者達ばかりである。

 (この後の数行は分からない)

 果物が運ばれてくる。

 仲忠と涼は横になる。涼は、
「乳臭くない布団を持ってきなさい」

 と、言ったので女房は香の唐櫃から香りが染みついた布団を取り出して運んでくる。二人はそれをかぶって色々と人に聞かれたくないような話をこそこそとする。涼は、

「では、その内侍督の弾かれる手を聴かせてください。犬宮に教えられているところも見たい。夜の練習もね」