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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上

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 秋風に今か今かと紐解きて
   うら待ち居るに月かたぶきぬ

 を、思い出されて一寸だけ詠われたのでしょう。

 と、返事を書いて、使いの小舎人童に小君が戴いた袿を与えられたが、「ご返事だけをお持ちいたします」と言って受け取らないので無理矢理渡すと、童は一応受け取り、帰るときに前菜のススキの上に広げて帰って行った。

 見ていた宰相君の仕人達は、
「何と生意気な童だろう」
 と、口々に言う。

 小舎人童は仲忠に宰相の君の返事を渡して
「こうこうなことで、被物を置いて参りました」
 と、話すと仲忠は
「うまいことをした」
 と褒めて袙一襲を与えられた。


 宰相の君の返事を読んで、

「なるほど、残念なことをした。世間普通の恋とお取りになった。どうしてあのように書いてしまったのか」
 と、恥ずかしくて堪らなかった。

 次の日、兼雅の所に行って、

「昨日宰相の君の住まいするところに行って参りました。どういう生活をしておられるのか見たくて。引っ越しのことを申し上げましたら、宰相の君自身は引っ越さないように仰ってました。

 それではまずいことになりますよ、と再三申し上げましたところ、この頃はね、と仰せになりましたので、やはり父君がお行きになってお勧めになった方が宜しいようです」

「おかしいな、どうしてその様なことを言うのだろう、髪の毛も恐ろしいほど白くなったのであろう。容姿の綺麗な女であったが、今までどんな暮らしをしていたのだろう。琵琶は今は、あれほどの弾き手は居ない」

「そうですよ。小君も言われるように上手く弾いていました。そうですか、母御の教えですか」

「それはおもしろいことだ、あの女は小君が可愛くて教えたのだろう。宰相の君の母上も琵琶の上手であった」

 聞いていた北方の内侍督は、
「日が暮れたら早速お出でになって、全員お連れ申し上げなされ。

 さあさあ、多くのご夫人方をお集めになったよりも宰相の君をお迎えになる方がずっと艶めかしく思いでしょう。左の大臣をご覧なさい凄く艶めいて愛敬がおありですよ」

 兼雅
「なんと、その様な正頼が目について覚えておいでであるな、身分は高いし今様で立派だから、その姿を見てからこの私を軽蔑なさいますか」

「何とでも仰いませ、他人には口を詰むってくださいね」

 と、言って衣類にしっかり香を薫き込めて出発を見送った。


 兼雅は、車で宰相の君宅へ向かった。到着して家を見ると、昔通った頃に比べると荒廃している。しかし几帳などは大層綺麗であった。

 兼雅はどんどん奥の方に向かった。通り道に入って行くと灯火がよい場所に置いてある、一番奥の母屋に手ざわりの良い袿の上に柳の織物の唐衣と薄い織物の裳を重ねて着て宰相の君が座っている。

 小君は清楚な装束をして一番上等な直衣を着用していた。髪は膝の後ろの凹み(よぼろ)の少し下まで有り、額の分け目が綺麗である。兼雅は灯火を頼って進む。兼雅が見ると大人の女房が四五人ばかり、小さくて可愛らしい童もいる。感じが良い。

 宰相の君は兼雅が通う頃は、綺麗で可愛らしく、立派な衣装で自分を婿として迎えてくれたことを思い出し悲しい気持ちになる。

「小君は何処かな」

 と、声を掛けて座ると、宰相の君は温和しく側に寄ってきて座られる。

 兼雅が、
「その灯火を此方へ」

 と、童に声を掛けて明かりを持ってこさせて小君を見ると、仲忠が小さい頃によく似ている。美しく恥ずかしそうに笑って大変に愛敬がある。

 兼雅は宰相の君に、
「小君を二度と私に見せないで連れて行って仕舞われましたね」

 と、積もる話をお互いに語るが、宰相の君は他の夫人方のように怨み言は一切言われない。ただなんとなく恥ずかしそうに話をするので、兼雅は話を進めるのに困ってしまい、ただひたすら昔のことを懐かしく思い出す。兼雅は、

「遅くなったが、出かけますよ」

「私も一緒にですか」

「そのために来たのですよ」

「何も急ぐことはないと思います、落ち着いてから参ります。いずれにしてもその様に急がなくとも」

「へんなことを言われる、それなら私は此所になにをしに来たのだろう。小君一人連れて行くのもどうかと思うよ」

「そうでしたら小君がもう少し大きくなってからお出でなさいませ。小君が心細く思っていますので心配で御座います。後からで」

「小君も一緒にいらっしゃい、行くところは誰も住んでいないから気兼ねすることはないですよ」

「さあどうでしょうか、私がこれから心安く住めるようにしてくださるでしょうか」

「昔のように素直でなく、嫌なことを仰るようになりましたね」

 真顔で怨みを言われるので、笑いながら

「仰るとおりですよ、昔のように素直ではありません」

「実際そうですね、貴女の筋の通った言葉通り、。私に弁解の余地はありません。謝りますから、さあ、早く出かけましょう」

「このようなところに伯母上を一人置いておくわけには参りません。そのことが気に掛かってのことです。 一応お聞きして参ります」

 宰相の君は奥にいる伯母の所へ行って、
「この度兼雅様の許へ引っ越そうということになりましたが、伯母君が一緒でなければ私は参りません」

 伯母
「それはいけません、私も共に引っ越しを致しましょう」

 ということで全員が引っ越すことになった。兼雅は、

「仲忠の所へ行って車を借りて来なさい」

 と、借りてこさせて、その車に宰相の君、小君、乳母を。次の車に伯母上、女房大夫の君、少将の君等が乗る。次の車に女房三人と童二人が乗る。きちんとした供人十余人が車を固める。

立派に行列を整えて出発する。


 一条の殿に到着すると、待っていた仲忠が、
「どうして引っ越しが暁方になってしまったのですか」

 兼雅は、
「いやあ、色々とあってね。宰相の君は引っ越しをしないと言い張るので、小君も一緒にと無理に引っ越しをさせたんだよ」

 と言って、兼雅は北方の内侍督の所に行こうとするので、仲忠は、

「もう静かにお休みですよ」

 と言って、車から皆を降ろしてそれぞれを案内して仲忠は一宮の許へと去っていった。

 仲忠は一宮に、
「何とこんなに夜更けになってしまいました。父上はもう軽々しい浮気は止めにすると仰いましてね」

「どんなことですか」

「例の人のことですよ」

 と、仲忠は言って一宮と添い寝する。


 こうして、仲忠が宰相の君の処へ行くと、小君が仲忠をお父さんと呼んでまとわりついてくる。仲忠の行くところについて来て甘える。実の父である兼雅を「殿」とよんで、甘えようとはしない。

 小弓の日、仲忠は子供を連れて兼雅の殿に来た。梨壺の宮の皇子、小君は立派な装束で出席した。人々は、

「あそこに居られる美しい君は何方ですか」

「兼雅が子供が少なくて淋しいと言ったら、外から連れてきたらしい」

「あのお子がそうですか、大変に利口そうなお子ですね。梨壺腹の皇子は品がよく、よく物事を弁えていらっしゃるようですが、あの子は、艶めかしいところがありますね」