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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上

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 一条殿東の一の対は、仲忠が物忌みの折などに使用するところである。宰相の君が移り住んでもと、必要な物を全部取りそろえた。屏風などの障壁も揃えて局を作った。

 兼雅が明日の夜に宰相の君を迎えに行くというので仲忠は宰相の君の家に行った。

 屋敷は、庭や周りに木が沢山あり前栽もあちこちに有るが、荒廃して山里のように鬱蒼となっている。対や廊は傾いて倒れそうである。人の住む音はしない、ただ東寄り格子が二間ほど開いている。坤(ひつじさる)西南の外側から中を覗いてみると、中の障子も壊れている。南の簀の子から上に上がって内部をよく見ると、東の妻戸の処で、簾を上げて人が何か作業をしていた。

 母屋の柱の側には、濃い紫の光沢のある袿一襲と、その下に張り綿を入れた薄い縹色の綾を着ている宰相の君。髪は絹糸を縒って掛けたように艶々している。額に行くほどにますます艶かでる。すらっとして色っぽい感じは、仲忠の母親内侍督に似ている。

 小君は掻練の小袿だけを着て袴を穿いていないので膝から脛まで出している。宰相の君の前に小君は小さな琵琶を抱えて座っている。その姿に母親は髪に手を遣って整えてやっているその手つきがとても美しい。小君は面白く巧みに琵琶を弾く。

 宰相の君は、
「あなたの年では、このような小さい琵琶を弾くのはみっともないですよ」

 小君
「では母上の膝の上で弾きましょう、そうしないと大きな琵琶を弾くと倒れてしまいます」

 と言って小君は宰相の君の膝の上で大きな琵琶を弾く。大変上手である。この大きな琵琶を弾く小君を父兼雅に見せたいと仲忠は思う。


 一条殿の東の一対は、仲忠が物忌みの折などに使用するところである。宰相の君が移り住んでも必要な物を全部取りそろえた。屏風などの障壁も揃えて局を作った。

 兼雅が明日の夜に宰相の君を迎えに行くというのでその前に、と仲忠は宰相の君を訪ねた。

 屋敷は、庭や周りに木が沢山あり前栽もあちこちに有るが、荒廃して山里のように鬱蒼となっている。対や廊は傾いて倒れそうである。人の住む音はしない、ただ東寄り格子が二間ほど開いている。坤(ひつじさる)西南の外側から中を覗いてみると、中の障子も壊れている。南の簀の子から上に上がって内部をよく見ると、東の妻戸の処で、簾を上げて人が何か作業をしていた。

 母屋の柱の側には、濃い紫の光沢のある袿一襲と、その下に張り綿を入れた薄い縹色の綾を着ている宰相の君。髪は絹糸を縒って掛けたように艶々している。額に行くほどにますます艶かである。すらっとして色っぽい感じは、仲忠の母親内侍督に似ている。

 小君は掻練の小袿だけを着て袴を穿いていないので膝から脛まで出している。宰相の君の前に小君は小さな琵琶を抱えて座っている。その姿に母親は髪に手を遣って整えてやっているその手つきがとても美しい。小君は面白く巧みに琵琶を弾く。

 宰相の君は、
「あなたの年では、このような小さい琵琶を弾くのはみっともないですよ」

 小君
「では母上の膝の上で弾きましょう、そうしないと大きな琵琶を弾くと倒れてしまいます」

 と言って小君は宰相の君の膝の上で大きな琵琶を弾く。大変上手である。
 この大きな琵琶を弾く小君を父兼雅に見せたいと仲忠は思う。

 仲忠は今訪問したように見せかけて大きく咳をすると、中では驚いて几帳を引き寄せて、小君に茵を出さして座るところを作らせた。

「ありがとう」

 と仲忠は小君を抱く、

「さあその琵琶を持って来なさい、私は今
来たところです。もう恥ずかしいことはないでしょう。直ぐ私と一緒に来ますか」

 と、小君に言う。

「お迎えは明日と言うことでしたが」
 
 宰相の君は恥ずかしそうに
「下手な演奏をお聞きになったのであろうか、あの名手の仲忠がどのように聞かれたであろうか」
 と、思う。

「お聞きいたしました。私からご返事差し上げます」

 と、言って母屋の障子越しに仲忠と対面する。

「今日までは、世に生きているかどうかも忘れられてしまっている私を、どういう風に仰られましたのですか、兼雅様が『近く迎えを』などと仰有る。申し上げようもないほど忝のう御座います。

 兼雅様がそれでもやはり私の事などお考えにならず、朝夕も特別に目を掛けて下さることもなく。そのことを老衰した父が、余命幾ばくもないと言う考えから、私の事を困ったことだと一層心配してくれましたが、その父も亡くなりまして、父が申し上げたことにはもう心配は御座いません」

 仲忠
「それは尤もなことで、私から申し上げることは御座いません。

 父は本当に貴女のことを久しい間気にしていました。私の母もただ一人心細く暮らしていますから、大勢の夫人方の中で誰から何とも思われなくても、特別に貴女とお近づきなりたいと考えているでしょう。

 睦まじくなさっても、宜しい母です。近々お会いになるでしょう。

 母は昔気質の女ですが安心できる人ですから、姉妹のように思い下されば大変結構なことであります」

 宰相の君は仲忠が言うのを聞いて、

「大変嬉しいことでは御座いますが、お近づきになりますと、お母上が世間から見劣りなさって嫌われるのではないかと、心配で御座います。

 私が大事に気にして育てています小君も、後見をしていただく方もいません。兼雅様に宜しく小君の後ろ見をしていただくようにお願い申し上げます」

 と、言われる姿が藤壺によく似ているので、真面目な仲忠も心が動揺して、うっかりしたことを言い出しかねないと自制して、心の乱れを言葉に出さないで

「それは宜しくありません。時々此方にお出でになるとしても、この度はどうしてもお出でなければなりません」

「いま、それは、暫くしてから参りましょう」

「それは、お考えにならないで下さい。父上も思ってもいないことです」


 夕方に仲忠が贈った唐櫃の衣装箱が届いた。宰相の君が中を見る。

 唐綾の撫子の袿、濃い縹色の袿、濃紫の織物の細長、三重がさねの袴一具、小君のための、大変濃い袿一襲、薄い蘇枋色の綾の袿、桜の織物の直衣、つつじの織物の指貫、などが入っている。女の袴の腰の辺に薄い紙に、

 人知れぬ結ぶの神をしるべにて
いかゞすべきとなげく下ひも
(密かな縁結びの神を案内にして、どうしたらよいかと惑い悲しんでいます)

 と、だけあって文はない。

 小さな小舎人童が、
「ご返事を戴きたい」

 と、言うので宰相の君は贈り物を見て、
「自分のみすぼらしい生活に同情なさったのだ、恥ずかしいこと」

 と独り言を言って、仲忠の歌を見付けて、読んで仲忠の懸想文を浅ましく思われて返事をしない。

 宰相の君の伯母君は、
「本当に私達の事を哀れに思ってくださって、何事に付けても貴女が心配しなくて良いように、総てのことがこのように行き届いておいでになるのです。お印だけでも返事をしなさい」

 真剣に言われるので、宰相の君はただ歌だけ詠って、

 うちとけてうらもなくこそたのみけれ
    思の外にみゆる下ひも
(心を許して下心もなく信頼いたしましたのに、意外なお言葉で)

 宰相の君は万葉集(4311)の