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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上

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 と、言ってこられた。使者は兵衛女房の兄の蔵人で、昇殿を許されている。藤壺の前に来て、

「今宵は春宮お一人でお遊び成されて、お寝みに成られませんでした」

 と、申し上げると、藤壺は、

「庚申の夜は眠りませんからね」

 と、言って返事は、

「だから申し上げたでは御座いませんか、

 程もなく忘れにけりな夢にても
       思はましかばありと見ましや
(もうお忘れになったので御座いますね。夢の中でも私を思って下さるならうつつの私と変わりはありませんのに)

 まあ、気が早いお方」

 藤壺は春宮の文を持ってきた使者兵衛女房の兄の蔵人に

「本来なら禄を被物として渡すのであるが、面倒なので、又後でね」

 と言うので、蔵人は笑って宮中に帰って行った。

 こうしていると、一宮から文が届いた。

「珍しいことに退出されて、いつになったらお出でになるかとお待ちしていました。どうしてそちらかお声を掛けてくださいませんのでしょうか。早くお目に掛かりたいと思っています。

 昔はいつも中の大殿で二人仲良く住んでいましたが、その昔に戻りたいです。

 わざわざ此方へお立ち寄り下さることはありませんでしょうね。仰せのままにそちらへお伺い致しましょう」
 と、いう文面である。藤壺は、

「お手紙読みました。退出いたしましたらすぐに犬宮にまず一番にお会いしようと思っていましたが、此方に大勢の方が待ってお出ででしたので、色々どお話をすることがありまして、失礼を致しました。

 そちらからお越しになると言うことですが、どういたしまして、そちらには恐ろしい、貴女の背の君がいらっしゃいますが、只今私の方から参上いたします」

 と、返事を差し上げた。

 そうして藤壺は、
「一宮の処に参りまして、犬宮をお抱きしましょう」

 大宮
「私も見ることが出来なかったが、一月二十五日の百日の祝いに餅を食べさしてやりたかった。その様なときでも犬宮をお見せにならなかった」

 仁寿殿女御
「この頃は、犬宮は可愛くなりましたよ。置き返ったり腹ばいになったり、人を見ると笑いに笑って、じっと見ている。しきりに動かれて可愛いので、常に前に寝かせて見守ってお出でになります」

 藤壺
「犬宮を早く見たいものですね。他人にはお見せにならないとしてもね。中でも姉妹のように暮らした私には、一宮は隠されること無いでしょうよ」

 仁寿殿女御
「一宮は誰にも隠したりは致しません。ご存じのように何事にも分別が足りないのでしょう」

 藤壺
「それでは大殿・父上にはどうされますか」

「なんと変なことを言われる。女にも見せない犬宮を、どうして男に見せることがありましょうか」

 と、話していると夕方に仲忠が直衣姿で参上してきた。

 いつもの通りに簀の子に茵を置いた座におられるのを見ると、先程帰った涼中納言よりはずっと優っている。

 藤壺はそんな仲忠を見て、仲忠は非常に立派であるな、と見つめた。

 仲忠
「先にも宮中で参りましたが、上の局に居られて、いつもお目にかかれませんでした。貴女の女房達も上に上がれないと申していましたので、わたしなど、とうていお会いすることが出来ないと察しました。
 
 この様に宮中を退出されて居られるなら、お会いすることも難しくはないものと、煩いと思われるほどお伺いいたしましょう」

 と藤壺に言うと、孫王女房を通して藤壺は、
「そうですね、時々お出でになったら、人並みになった気持ちがすることでしょう」

仲忠
「お安いことです、時々でなく常にお伺いいたしましたら、どういう人の心地に成られるでしょう」

 と、話をしていると、藤壺の第一皇子第二皇子が 、乳母も共に大殿の方から参上してこられた。

 仲忠が差し上げた車や馬の玩具を持て来て藤壺にお見せになる。若宮はきちんと装束を着ておられ、その姿を見て母の藤壺は久々に成長した子供達と、共に過ごすことが出来ないのを可愛そうに思い、

「子供達の心配ばかりして頭髪が白くなった気がいたします。こんなに立派に成長をして、手習いなどはちゃんとしていますか」   

 若宮
「どのような習い事をしなさいと言う人がいませんので、大将仲忠が嬉しいことに漢書を勉強しますかと仰いまして・・・・・・」

 母の藤壺は
「それは嬉しいことですね、大将のお弟子になって色々と勉強をなさいませ」

 と、言われると仲忠は笑みを浮かべて、
「目に見えて大人になって行かれて、・・・・・貴女も立派な母上に成られて・・・・・さて若宮には何をどういう風にお教えしようかと、今は丁度何でもお出来になる年頃ですから」

 と、藤壺に言う、

 藤壺は仲忠が子供の教育について尋ねるので、

「誰も知らないこちらに若宮は籠もっておりまして、あまりにも手放しのようで御座いますので、、若宮がここにこうしております間に、どのようにでも教えてやって下さい」

 仲忠
「それは易しいことです。漢文を教えましょう。何日にと仰せ下さいませ」

「習字がまだ出来ていませんから、お手本をまず書いていただきましょう。実は春宮にも書いて差し上げてくださいませ。それは春宮が、

『催促をして書かせてください。藤壺が私の使者たるところをお見せなさい』

 と仰いましたので、お手本を頂いて春宮に差し上げましょう」

「大変妙な物をご希望なさるのですね。大分前に書いて有りますが、差し上げることが出来ませんでした」

 と、言うので、

「急いで春宮に差し上げてくださいませ。この頃待ち遠しそうになさっておられますから」

「そう仰るなら、ともかく今差し上げましょう。若宮のお手本もすぐに拵えましょう」

「然るべき時にお願いいたしましょう。お宜しい日を選らんで下さい。

 ところで話は違いますが、貴方が人にはお見せにならない犬宮を、早く、いつになったらお見せいただけるのか、そのことばかりを考えています」

「そうですね、犬宮は産まれたときから醜い子でして、からもり物語のようにしているのです。

 では、静かに心を静めて、からもりなる者を連れて参りましょう」

 と、仲忠は藤壺に言われて帰られた。

 
 そうして、その日は暮れた。この日は朝から良き日であったから、涼の贈り物の小唐櫃を開けてみると、唐で行われる象牙彫刻の技法に見せかけて銀の鍵が沢山緒を通してあり、その中の一つの鍵に涼の歌が書かれてある紙が付いていた。

 君がためと思ひし宿のかぎを見て
明暮嘆く心をも知るれ
(貴女のためにと思って建てたこの宿の鍵を御覧になって、明け暮れ貴女を思い嘆く私の心を思いやってください)

 と、詠っていて。見つけられて涼の北方今宮に藤壺は見せたくないので隠してしまった。

 今宮
「殿の中を今日中に見て下さいませ」

 と、言う。大宮も今宮も、今日で藤壺の前から去ろうと思っている。共に見て回ると立てて置かれた香の木のきれいな唐櫃が十ほど有る。開いてみると、色々な宝物、絹、綾などがいろいろと有る。