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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上

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「交際をするには、お尋ねになることを仰らないことが一番いけないことだと思います。貴方が仰らなければ、譬え深いお考えがあったとしても、あこ、ぐらいの者に伝言しても伝わりません」

「いつも申し上げたいと思っていますが、ご返事を戴けたのは今日が初めてで御座います」 

 と、話しているところへ弾正の宮がお出でになったので、涼は仁寿殿の前から去っていった。

 弾正の宮は御簾の中に入られた。弾正の宮は仁寿殿女御の三の皇子であるから藤壺とは甥・叔母の関係。

 弾正の宮
「どうして彼方にいらっしゃらないのですか。十の皇子も私に母上をお尋ねなさっておいでです」

 仁寿殿
「ここで珍しい人藤壺に会っているのです。彼方でもうしばらくお待ちなさい」

「本当に珍しいことで、宮中では差し出がましいようですから藤壺の許へは消息致しません。いつもの通りはっきりなさらいお方ですから、これからもそう再々と申し上げることはしません。

 先日もお出でになったと聞きましたが、お会いいたしませんでした。歌の文句ではありませんが、私を待ってくれているという訳でもありませんから」

 と、話をしていると、夜の食事が運ばれてきた。お一人ごと、前に据えられて、折敷などは新しいのと取り替えて出された。

 こうして弾正の宮は、
「これからは始終お伺い致しましょう。気になることがありますから宿守にでもなりましょう」

 と、立ち去って行かれた。



 大宮が娘の藤壺に、
「先の仲忠の犬宮餅祝いのときに、弾正の宮がおかしな事を仰ったということは本当のことかな」

 藤壺
「聞いていません、どういう事でしょう」

 大宮
「此の世で苦しいことは、若くて色好みの子供を持つことは心配なものです。見たくない嫌なものを見るくらいなら、いっそ死んだ方がよいと思う。

 近純というのは童の頃からなんとなく女好きに見ていたが、妻を得て、妻の所に住んでいるので、見苦しいことはないであろうと思っていたが、どうしたことか妻の処に居ないで、彼方にばかり居て、自分でどうしようもなく侘びしがっているのです。   
 近純が言うのには
『自分で堪えられないと、どんな事をしても思いを通したいと考えますけれども、親より先に死んだ不孝な仲純が居ますが、そう申しても、その通りにしていただきたいと言うわけでもありません。

 それどころか神仏に、恋は止めましょう、と祈りたいほどです。』

 と、常に喜び楽しみを見るこそ、此の世を過ごすことだ」

 と藤壺に言う。

「注」本文に多くの脱落があり、意味が通らない会話である。

 母大宮の話すことに藤壺は少しむっとして、

「何をどうお考えなのですか。冗談ごと。あってはならないとんでもない恋を始めるのも、感心しないことです」

 大宮
「知らないのですね、それが言うことは非常に恐ろしいことです。この人と人との間柄。人間関係こそである」

 仁寿殿女御    
「いずれにしても、祐純が仲忠北方一宮を想う気持ちは、人よりも激しいのであろう」

 大宮
「気色が悪いこと。二宮に思いを寄せているのではないか。祐純がまだ西の対に居られた頃に、一宮と二宮が碁を打っているのを垣間見られてから、ずっと長い間二宮と仲良くしておられたから、祐純の恋心も納まるでしょう」

 仁寿殿女御
「一宮も最近仲忠の北方になりましたが、大勢の殿上人の中帝はこの上なく仲忠を御寵愛になられるようです、こういう破格の寵遇を帝がなさるのですから、その他の殿上人達も、そういうことだったら私もと寵を得ようと思うではありませんか」

 大宮
「まあ、びっくりさせないでください。仲忠と祐純を同じように言えるようなものではありませんよ。

 人の価値は位だけではありません。態度振る舞い、その結果こそ。そうと分かれば天下の騒ぎを起こすことはないでしょう。何も心配すことは有りません。

 広く見たり聞いたりすればものの分かった人を採用するでしょう。父帝にも認められたように、善い人も悪い人も、侍従仲忠を愛して、どうかして仲忠に近づきたいものだ、と思ってしまうのは、どういう訳だとお考えになりますか。

 親が上達部・君たちであっても、同じ事を話題にしても天分によって違ってくるでしょう。自分がまだ幼くて、若者としてやっと世間に顔を出して、事をする場合、みかけの容姿がよいと誰も皆その人の言うことを聞く。こういう風に世間に稀な人こそ何でもしっかり習得するものです」

 藤壺
「利口に行動される方だからそういう風に伝わるので御座いましょう。些細なことを自分一人で考えあぐねて死ぬようでは、全く幼稚のことで御座いますね。よくよく注意しなさいと言ってあげる必要があります。普通の人と差別が付かないような人が、どんな勝れた人にも成りかねないもので御座いますね」

 と、言うと仁寿殿女御は
「私にも心配事があるのですよ。着ている衣を新しくして宮達をつれて参内したいと思うのですが、帝のお側に上がったとき、私が不在の間が心配でね。一宮の許に置いておきたいと思うのですが、私が心配しているのも知らないで仲忠も二宮に近づきかねないのです。

 乳母の様な心遣いと思うので、母君に是非預かっていただきたい、と思いました。片方の手綱が外れた馬のように奔放ですから、どうしようかと、彼方此方へまいると言って、男君たちはしたい放題なことをなさるので、心が安まりません。

 その行動におかしな事が御座います」

 大宮は、長女の仁寿殿が言うのを聞いて笑いになって、
「若い男が来るのでさえ心配に思っている私の処に
など、もっての外です。一宮に預けなさい。

 一宮の夫の仲忠は、大将で帝のお気に入りだから、良くないとは思われなさらないでしょう。それでも、二宮が一宮に勝っているのなら心配でしょうが、そうでは無いから心配は要りませんよ」

 仁寿殿女御
「それでも、仲忠の心は分かりませんから心配です。

 参内しようと思うのですが、心配なのは二宮を春宮が入内させよと催促されることです。文を常に送ってこられて、恐ろしいこと。お后が上手くお育てにならなかったせいです」

 と、言われたところで夜も更けたし、みんな床について就寝した。

 翌朝早く春宮より文が届いた。

「昨日貴女の返事がありすぐに文をと思いましたが、

『静かならぬは君やさは』

 と言う言葉がありましたので、すぐに返事しては貴女が落ち着く暇がないと思いまして、今宵は

 ありとのみ見ゆる寝覚の侘しきに
独りある頃の夢や何なる
(一緒に伴寝したと思って目覚めると貴女が居ない、何とも言いようのないやるせなさ。この気持ちは、独り身であった頃の夢などは問題ではありません)

 もう独りでなんか居られませんよ。特に夕暮れは
心が空になって、

 大空は恋しき人の形見かは
もの思ふごとに眺めらるらむ
(古今和歌集743酒井人真)

 の、心地がします」