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私の読む「宇津保物語」 國 譲 上

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 大臣正頼が迎えに来たので藤壺は退出できた。供車廿台、供人四十人ばかり、童下仕え八人、厠の世話をする樋洗(ひすまし)の者二人。大臣正頼と上達部である子供の太郎、二郎、三郎の三人は車で、四郎連純兵部輔以下はみんな馬で、時勢に明るい人は、四位も五位も関係なくみんなが供に従った。六位は物の数には入っていない。

 正頼殿に先駆けに先導されて藤壺の乗った車は源中納言涼の住む西の一の対の南の階段の下に止めた。車を階段の下に寄せて、次男の師純左大辨、三男の祐純宰相中将二人が几帳を持って藤壺を隠して、正頼と長男の忠純が、車の簾を引き上げて、車から藤壺を下車させる。他の兄弟達は車の周りを囲んで警護に当たる。

 車には兵衛の君と孫王の君が同乗していた。昨夜より、母の大宮、姉の仁寿殿、大勢の姉妹が殿内で待っていた。

 涼の北方である今宮は自分たちの住んでいた殿に姉のあて宮を迎えることで自分たちは出て行かなければならないが、まだ残っていた。

 正頼大臣、上達部は南の廂に、他の兄弟と供人は簀の子に控えている。程なく周囲が明るくなってきた。

 正頼
「私自身で迎えに上がる筈ではなかったのだが、そなたは妙に人に嫉まれているので、途中に悪い者が現れて何かをしないかと思って宮中に参ったのです。しかし遅かったな退出するのは。心配しましたよ」

 藤壺
「春宮が『妃達が皆、里へ下がってしまったが、貴女もか』と、仰られて暇を戴けなかったので、やっとお許しを得ました」

 正頼
「以前にそなたの退出の折りには急き立てて、春宮がお騒ぎになったから、また煩わしいことがあってはとお会いしないで待っていました」

 それを聞いていて大宮は、
「本当に長い間、一昨年の秋に第二皇子出産で里へ降りられて、その後お会いいたしません。お産でもなければ、里へ退出も出来ないのだからね。男か女か調べてみましょう」

と、母が言うものだから藤壺は可笑しくて、

「変なことを言わないでください」

 姉の仁寿殿女御は、
「里へ下がるという退出は東宮はお嫌なのでしょうね、帝も以前は退出をお許しにならず、後になってからご承諾されましたもの」

 母の大宮
「さて、男か女か」

 と言われて、藤壺の衣を上げて、

「この度も男の子でしょう」

 と、言われたので藤壺は
「皇子達は何処にいるのですか、それがまず知りたいです」

「一番上の若宮は大変温和しくなりました。弟宮は訳の分からない声を出して。何とも心許なくて」

「そんな声を出さないよう私から注意いたしましょう。心許ないとはどういう事でしょうか」

 外が明るくなっていく、藤壺は室内を見ると、以前に北方が住んでいた大殿は綺麗に改装されて、調度その他の拵えは言うことがない。それまで住んでいた六君が出られたばかりの処を藤壺の座るところだけを新しくして、ほんの少しの手落ちなく藤壺を迎えたのである。

 源中納言涼は、沈木でつくった小唐櫃に錠をして藤壺に差し上げた。涼は、

「これはよい折でありますから差し上げます。ここで入り用の物ばかりであります。私が越します先にもありますので、ここに置いておきます。ただお持ちになって下さい」

 と言って、
「ここの寝殿は住み心地が悪かったのですが、私が吹き上げから取り寄せて改造をしましたので、今は大変住みよいです。

 西の棟等も吹き上げからの材料で造りました対屋のように 出来上がっています。造作をした中でも、特に念入りに作業をしたものです」

 大宮、仁寿殿女御、
「本当にね、こんな住みよいところは他にないでしょ」

 涼、
「さて、私が三日間お食事を担当いたします」

 と、言って藤壺の前から去り、東の対を三日間の食事を作るところとして、家司や種松などで食事を作る。男も女も藤壺の前に侍している者全員に、折敷九、下の者には六、四づつ据えた。

 この様にしていると、紫の色紙を桜の枝に付けて春宮よりの文が蔵人を使いにして送られてきた。開くと

「只今どうしておいでかと、気になってなりません。こんな風では貴女の帰りを待ちきれません。どうして退出させてしまったのか残念でなりません。

 吹風に花はのどかに見ゆれども
静心なき我身何ぞも
(風が吹いても散らない花は落ち着いて見えるのに、どうして私は落ち着かないのだろう)

 これから先貴女なしでどうして暮らそうか」

 正頼
「この筆跡こそ久しく見なかった」

 と、言いながら読んで、
「大変ご上達された」

 と言って御簾の中に差し入れるると、仁寿殿女御が、
「上手にお書きになっておられるが、この筆法は右大将仲忠の手を参考にしておられます」

 藤壺
「その通りです、仲忠が書いて差し上げたお手本を真名であれ仮名であれ、練習をされました。

 その手本は古いから新しいのを希望なさるがまだ仲忠は差し上げないので、『催促して驚かせなさい』と仰いました」

 仁寿殿
「作詩をなさるためだと伺いましたが。そうなのでしょう」

 正頼
「何事に付けても、人より優れようとなさる春宮ですから」

 と、言って春宮の使者に料理を出して被物される。


 藤壺は春宮に返事を書く、

「只今は旅先ですので気持ちが落ち着きません。

 花よりも静かならぬは君やさは
風も吹あへぬ心なるらん
(花よりも落ち着かないと仰る貴方様は、それでは風も吹かないうちに散るほど頼りないお心なのでしょうか)

 と、思い申し上げますと悲しゅう御座います」

 と、いう文で返書を差し上げた。

 そうして、仁寿殿女御は三日間藤壺と共に暮らしてから自分の部屋に戻るとして、一緒に居られた。兄弟達が入れ替わり藤壺の許に来る。涼が夕方直衣姿も美しく藤壺の許に参上してきた。簀の子に座る場所を造られた。

 あこ宮が簾のところに几帳を置いて茵を出したので、中納言涼は、

「亡き仲純にそっくりなお方だ」

 と、仁寿殿に言う。あこ宮は聞いて声のする方を見ると、立派に着飾った涼を見て、仲忠右大将の様子と同じような振る舞いをなさるお方だ、仲忠は大変に優れたお方だが、この方も、大変に華やかで、左右の鬢(びん)の生え際が綺麗で、なかなかの 男ぶりが良く立派である。あこ宮を通して涼は、

「藤壺女御が退出される、と言うことをあらかじめ聞いていましたならば、そのつもりでご準備させて貰いましたのに、部屋住みで御座いましたから身分相応にと葎(むぐら)の宿で住まいを致しましたところ、急にお出でになり、お出で頂いて光栄ではありますが、むさ苦しい住居で申し訳御座いません」

 と、自分らが使っていたところを開け渡すことに弁解をしている。仁寿殿は、

「千年掛けて磨かれてもこれ以上に綺麗にはなりませんでしょう」

 と、仰る声が大変ほのかに聞こえるので涼は、御伝言でなくとも、この度は分かってもらえるだろう、と、

「参上しますと必ず申し上げるのですが、誰も取り次いでくれません。たとえ申し上げても誰も取り次いでくれませんので、返事を仰っていただけるかどうか分かりませんが」