私の読む 「宇津保物語」 初秋
「さあ、誰にとお思いでしょう。『考えがある』と、仰せになるのだから、その相手も正頼の一族だろうと思うが、やっぱり私はこの仲忠が可愛い。
世の中の普通の人ではなくて、由緒ある公卿の一人息子であって、何をしても、見る者に不安を感じさせない。世の人がどこまでもこうありたいと思う、理想的な人物です。
涼は美しい上に、同じ源氏だと思うと他人とは思えない。
一般に言って、人は必ず何か思うところがあるものだから、そういう人を婿にする場合は、特に将来のある若い人等を、本家が世話をして出世させるのを興有ることにするものだが、世話もせず、本家が恥ずべき待遇をするのは感心できない。
その理由は、大変見所のある有望な人達だからです。仲忠や涼を見るときには眼が五つも六つも有ればいいと思う」
「私は、仲忠を婿にと思いましたが、帝にお考えがあるということを、他の人に知らせましょう」
「よそ事にして、そう仰せになりますからとは、どうして話せましょう」。
「そうですね、どう致しましょう。この今こそは、あて宮のお代わりに欲しいと皆さんが仰います。困ってます。今こそは、幼いときから仲忠に娶せようと特に心して育てたのに」
「さて、袖宮(十三姫)、けす宮(十四姫)二人はどうしようか」
「その二人は兵部卿の宮、右大将に娶せたいと思っています。右大将兼雅は仲忠が大事にしている母君を北方にしておられますので如何致しましょう」
「二人のどちらをどちらへと考えておられますか」
「良く見てみると、袖こそは、右大将によろしいし、けす宮は、兵部卿の宮に良いだろうと思います」
「上手く言い当てられましたね。袖こそはよろしい、顔かたち心持ちも右大将に合わせて育て上げたようなものだ。けすこそは、堂々としていて、自分の好みがあるらしい」
北方の宮は、
「袖こそ、けすこそは、いずれも劣らず、見る甲斐があって大袈裟なところがありません。しかし中でも、今こそは、見事に成長したものと見えますが、藤壷(あて宮)に競べますと少し様子が劣っていますね。あてこそは、どこと言って非の打ち所がない見るからに快い物腰ですね」
と、大宮は正頼にお答えになった。
絵解
ここは、左大臣邸宅、北大殿正頼と北方が話をしている。君達が皆一緒にいる。
この画は、あて宮(藤壷)が住んでいた中大殿。十四君(けす宮)をはじめ、大イ殿を母に持つ若君達が皆集まってきて涼んでいる。
この画は、再び正頼と北方。領地の国々より、絹、絹糸を沢山持ってくる。そこで、正頼と北方は、送られてきた絹と糸を見ながら、大宮は、
「相撲の節に、仁寿殿、藤壷の装束をどのように美しく清楚に仕立て上げようか」
正頼は、
「言うまでもなく、賄いで総て染めから裁断、縫い上げをさせなさい。それも、良く注意してなさいませ」
「裳などは、色々の模様を染めさせました。唐衣はまだ手を付けていません」
などと北方は答えになっておられる。
正頼が当日着る装束のこと・・・・・・・。
女房廿人ばかり、薄色の裳を着用している。正装した髫髪が並んでいる。唐衣に使う絹を染めさせられる。紅染めは・・・・・・。
打ち物や染め物をする別当は、大貳の女房、女蔵人や下仕えが居る。わいわい言って染め物をしている。
次の画。政所に家司達が大勢集合している。
「盆に使う物は例の数だけ揃っているか」
家司のよしのりが言う、
「お盆には早稲の米をと言うことで、取りに遣らせてます。今年は早稲の米が大変に遅れています」
このようなことで、明日が相撲の節の日というようになって、内裏では、賄いを勤められる御息所、更衣達が参内するのを考えつつ、美しく化粧をしておられる。
その相撲の日、七月二十六日に、帝は仁寿殿で取り組みを御覧になる。
当日の朝の世話役は仁寿殿、昼は承香殿女御、夜は式部卿の宮の女御がそれぞぞれの任に当たり、更衣十人が許される限度ぎりぎりの色の衣装で奉仕した。
更衣達全員が、日の装い、男は束帯、女は裳に唐衣の制服か世に珍しい有紋の裳唐衣を着て、御息所達で賄いを助けない者はなく、髫髪だけが何もしないで待っていた。
女蔵人もみんな帝の御盛代にお仕えした蔵人だから、高貴な身分の人の娘達で、五節の舞姫になった人もいたし、最も賤しい仕事をする蔵人でも、人に引けを取らない容貌や身分の者で、更に品位も備えている。
垂髪(おすべらかし)を上に結ぶ髪上げ装束の姿も中々立派である。十四人の蔵人、その内七人は五節の召しの蔵人、七人は雑役の蔵人である。
あるいは、五位の位を給わって昇殿を許された三人の命婦。内侍達は昇殿は許されないが、それでも美しく品がある。
すべて、仁寿殿に当日奉仕する筈の美しい女の人達は、仁寿殿にすぐにも参上出来るように準備している。左右の近衛大将よりはじめて、総ての宮中勤務の人達は参上した。
左右の近衛の楽人準備をして出番を待っている。
開催が待ち遠しい。
相撲人は定めの装束をして、左右に分かれて勝負をするので左右別の簪を頭に刺して珍しい姿で登場する。左右近衛はそれぞれ幄舎(あくしゃ)を立てて、その中で出番を待つ。
幄舎(あくしゃ)四隅に柱を立て、棟・檐(のき)を渡して布帛(ふはく)で覆った仮小屋。祭儀などのときに、臨時に庭に設けるもの。幄。幄の屋(や)。あげばり。
男女とも美しい人達がその上に立派な衣装を着飾って居る。この日は男女とも二藍を着ている。
賄いの御息所達、一の女御、左大将正頼の仁寿殿、式部卿の宮の女御である。この二方が今ときめいていらっしゃる。
仁寿殿女御は朝の賄いを担当する。さらに生まれつきの美貌は、似る者が居ない。花の紋様のある綾に模様を摺った裳、その下に唐の綾をかさね、赤色の唐衣に二藍がさねの表着、その下に掻練の袿をお召しになって伺候している。
多くの人と比べてみると、この御息所に似るほどの女性はいない。
帝は、仁寿殿女御と右大将兼雅が噂になったことを、今も忘れては居ないで、この後どうなるかと二人を御覧になって、内外に目を配ってお出でになったが、二人とも非の打ち所がない結構な人物だと思われた。
帝は
「この仁寿殿と兼雅と二人はこうして一緒においても似つかわしい間柄だと思う。これを同じ美しく情有るところに据えて、親しめる花盛りの春にもあれどちらにしても風趣ある時と場所を想定して、仁寿殿と右大将が睦まじく将来を契り、お互いに深い心を打ち明けて、憐れなことを心から言い、おもむきのあることを話し合う立場においても二人は似つかわしくて、なかなか良かろう。
私が良いと思うばかりでない。聞く人、見る人は、誰でも皆心をひかれて見るに違いないと思われる似つかわしさだ。
二人を揃えて夫婦として見たいものだ」
などと考えられて、じっと見てお出でになると、仁寿殿が相撲の節の賄いなどの内のことをしているのを、一方では右大将が相撲の節の行事を進めて、行き届いた細やかな手際に見とれていると、
「不思議と似合いの心意気だな」
作品名:私の読む 「宇津保物語」 初秋 作家名:陽高慈雨