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私の読む 「宇津保物語」  初秋

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 九月九日は去年吹上で行われた宴を思いますと、あの催しは特別心遣いが行き届いた節会であったと思います。それより後は、年中行事というものが五月五日に劣ると思います」

 帝は、
「良く見極められた。思った通りである。年中行事の節会を見ると、五月五日を越える節会の催しを見ることがない。花橘や柑子等は、その季節が過ぎて古くなっても珍しい物の一つに加わるのは面白い。

 五日に勝る節会はない。節の騎射(まゆみ)、競馬(くらべむま)も更に見所なしか」

 と笑われた。

 このような話をなさるほどに、七月十日頃の暑さは盛りである。風も吹かず、人々は、

「少し涼しい風でも吹いてくれよ。というのは今日が立秋だからです。秋らしい風よ吹け」

 上達部が言っているうちに夕暮れになっていく。
懐かしい涼しい風が吹いて、帝は、

 めづらしく吹き出づる風の涼しきは
       けふ初秋とぐるなるべし
(珍しく吹き初めた風が涼しいのは、今日が初秋だと知らせているのでしょう)

 と詠われた。

 御息所仁寿殿は御簾の内から「本当にいつもより今日は」と仰って、

 いつとても秋のけしきは見すれども
        風こそけふは深く知らすれ
(いつの立秋でも、秋らしい様子を知らせるけれども、特に今日は風が秋を深く感じさせる)

 と詠われると、帝はお笑いになって、
「だが、秋風はまだ外にいて、御簾の内へは入っていない筈ですよ、

 立ちながらうちにも入らぬ初秋を
       深く知らする風ぞあやしき
(秋は来たものの、まだ御簾の内にも入らない初秋を、心に浸みるほどに知らせる風は、どんな風でしょう。不思議ですね)
 
 その通りですと言う風はいませんか」

 左大将正頼は娘の仁寿殿を思って、
「その歌はいかがなもので

 外に立つと頼みしもせじあだ人の
       秋はいでてもすぐといふなり
(外に立つ事を頼んだわけでもございますまい。浮気な秋は、出て行っても、あるいは秋がそこまで出てきても、過ぎ去るというので御座います)」

 と言う、とそこで日が暮れる。

 帝は清涼殿に戻ると言われて、御息所に、
「せめて今夜だけでも、私の所にいらっしゃい。いつものように、お迎を向けても、使いを帰してしまわれるのですからね。さ、一緒に」

 と言われて立ち上がる。御息所は、
「このお使いも帰し易いお使いですね」

 と帝に返事をされて、

「実はそうでも御座いませんで、

 夏だにも衣へだてて過にしを
       何しも秋の風をいとはん
(夏でさえも衣を隔てて(別れて)おりましたのに、どうして秋の風を今更厭ったり悲しんだり致しましょう。ご一緒いたします)

 おのれつらくて、というのは、このことで御座いましょうか」

「ぐずぐず言わずに早くいらっしゃい」

「今すぐにでも上がりたい気持ちで御座います」

「いつものように使いだけをお返しにならないように。よしよし、万一そうするようなら、私が出向いていこう」

 と、帝は仁寿殿に言われて、清涼殿に向かわれた。上達部達はみんなお供で従った。

 やがて清涼殿から蔵人が御息所を迎えに来る。仁寿殿は早速清涼殿に向かわれた。


絵解
 画面は仁寿殿で、御息所や帝初め大勢の上達部、殿上人が居並んでいる。

 次の画は、正頼が子供を引き連れて三条院に返っていく。

 右大将の兼雅は仲忠中将と共に三条邸に帰った。他の人達は、ある人は宮中の宿直に昇殿する人、里に帰る者もある。左大将正頼も退出した。

 正頼の婿も子供達も、正頼を三条邸の大殿に送るとそれぞれ思い思いに散っていった。


 正頼は、
「今日は帝と話をしていましたところ、帝は仁寿殿に行かれて、『私は仁寿殿に居よう。そのつもりで用意をしなさい』

 と、言われるので正頼はお側によって話をしていると夜が更けていくのも忘れるほどで」

 正頼は北方の許に戻ると北方の宮は
「如何でしたか、藤壷(あて宮)はどうして行かれたのですか」

 正頼は、
「清涼殿内の上局に藤壷はお出でになった。別に変わったことも無いようでした。いつものように音楽をなさった。司の宰相中将仲忠があて宮御簾近くで箏の琴を演奏した。

 あてこそは琵琶を少し弾いて仲忠に合わせていたが、我が家に居たときよりも入内して少し上手くなったようである。箏では有名なあの仲忠に引けを取らぬ演奏で、少しも此方がはらはら気を揉むことはなかった」

「仲忠の様子は如何でしたか」

「そのことを私も注意していたのですが。少々落ち着きのない様子が、私の思いでしょうか、見えましたね」

「仲忠こそ哀れを知る人でした。大変切迫した気持ちでいながら、少しも同情を求める様子もなく、そうかといって、さぞ辛かろうと思わせるところがあって、一寸見ては他の人と変わらない走り書きも、
ゆったりとして、はたから見ても不備な点が無く、流石に人の心を打つところがありました。

 私でさえ恋しいと思う中将の文を、随分久しい間見ないので、思い出したら恋しくなります」

 正頼は北方の宮がうっとりとして言うのを聞いて、
「今も文通は絶えないようです。実は今日も見ました。

 御前に今日は仕えると言って伺候していて、見事な筆跡で薄様の紙に書いた文が、懐からはみ出してすっかり見えていたのを、戯れに見せてくれ、と言ったのですが、笑って見せてくれませんでした。

 やはり様子ありげな文でした。春宮も、仲忠が今も昔も、あてこそに懸想心があると言うことをご存じなので、あてこそが返事を書くのを見ていて、強いて責められることはないらしい。無理もないと黙許しておられるのは、中将にとって素晴らしいことです」

 北方の宮は
「そうですね、仲忠を婿の中に入れたいですね。今こそ、と、仲忠をと思いますが」

 正頼、
「私もそう思いますが、帝が前々から仰せられていました

『今こそは、涼にめあわせよ、仲忠は私に考えがある。涼は同族の源氏である。源氏は皇族から出ているから、出来ることなら、仲忠を女一宮の婿にしたいと思っている』

 と、度々仰せになった。かって吹上で嵯峨院が九月九日に宴を催された席でも仰せになったこともあった」

 北方の宮は
「そう仰せになられても、涼も仲忠にどこが劣ると言うのでしょう。少しも優劣がないではありませんか」

「源中将涼は裕福な点ではこの上なく優れている。それにしても仲忠には劣っていますよ。人柄は等しいが、此方が恥ずかしくなるような美点や、様々な優れた才能では頭中将仲忠が勝っているでしょう。

 正頼は思います。あてこその懸想人達の中には『せめて今こそでも』と、兵部卿の宮や、右大将が仰るのに、涼に娶せるようなことをしたら、『財宝に目がくれて娶せたのではないか』と、思われるだろうということが、今こそにも気の毒だ。正頼はこれ以上の財を求めてはいない。

 ただこの世にこんなに多く容姿が、身分が良い人の中にも涼と仲忠は抜きん出ている。二人の中の一人を婿にしたいと思う本心はある。
 帝は仲忠のことをこのように仰せになる」

「仲忠を誰の婿にしようと帝は仰るのでしょう」