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私の読む 「宇津保物語」  初秋

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「嫌なことを仰られますな。その様に私が見えたので御座いますか。宮は他の女に興味をお持ちのようでしたのに。

 こうまで仰るならば、私も申しあげねばなりません。宮の仰る事に見所がありましたし、走り書きの文に何となく趣がありましたので、これは良いなと思っただけです」

「いい加減な事を仰いますね。それならばお疑いいたしますよ」

「どうして、いい加減な事ですか」 

「時々宮は貴女に文を送っているようだが、今も続いているのでしょう」

「さてさて、そういう風に宮から思われているというようなはっきりした事は御座いませんでした。只今春宮に入内いたしましたあて宮が、まだ里にいました折りに、あて宮宛の兵部卿宮の文は本気のようにお見受けした事がありますが」

「それはそうでしょう。この世にいる男で、あて宮に懸想をしない者はありませんでしょう。そういう事に無関心な、致仕左大臣高基朝臣でさえも、懸想された事であるから。高基が女性を口説くなんて私は思っても見ませんでしたよ。

 仲忠は、世間がしっかりした女で有ると認めていても、仲忠がその気になれば、女は気持ちが揺らぐ。という男である。

 そういう仲忠にどうして無関心で居られたろうと思うと、あて宮は大変にゆかしい、世にも珍しい心の持ち主であると、一層感心いたしました。

 今もあて宮はその気持ちを変えてはいないであろうね」

「そのようですね、でも、あて宮も仲忠に惹かれるところがあるのでしょう。他人にはしない文の返事をあの仲忠には送って、辛い、嫌だと思ってはいたのでしょう。。仲忠も同じだと思います。心が惹かれるような言葉を並べて何時も何時も書いて寄越しておられましたが、本気で想い合うような所までは行かずに終わったようでした」

「可哀想な話ですね。二人の間に交わされた文はどんな美しい言葉が並んでいたのでしょう。見たいものですね。

 中将涼朝臣の吹上の浜に遊んだときに、仲忠の琴の演奏が見事であったので、正頼に
『あてこそを仲忠に、お上げなさい』
 と言った事があったが、言い誤って涼にと言ってしまった。仲忠には仁寿殿の姫をと言ったが、仲忠は大変に喜んでいたので、必ずその通りになると思っていたのだが。

 その話は思うようにはいかず、あて宮は春宮に入内してしまったので、仲忠はどう思っているのだろうか。

『天子空言せず。ということは無き世なり』

 と思っている事だろう。

 あてにならない憎らしい気がするほど、恥ずかしく思っている仲忠に、私が空言を言うと思われては仲忠が可哀想だ。妹の今宮を仲忠に上げないのか。この世間を探しても仲忠に匹敵する人物は居ない。

 仲忠と相対していると、何となく気が晴れてこの世の憂さが無くなっていくようである。涼朝臣とは比較にならない、涼は涼で良いところがあるが、仲忠は少し違って特別に優れたものがある」

 御息所は
「まだ位が低くて頼りなく思います」

「その点はご心配にはなさらないで。将来必ず出世する、そうなれば、何の障りもないでしょう」

「私はとやかくは申しません。万事は仰せの通り。まだまだとは思います」

「しかし、貴女が賛成なさるならば、大変良いと思います」

「私からも申しあげましょう。そうお決めになれば、他人が不似合いだなどと言う事はないだろうと思いますが。仲忠は位がまだ高くはありませんから、いま暫くはこのままにしておいたほうが良いと思います」

 帝は、
「何も女の盛りを無駄に過ごす事も無かろう。しかるべき相手が居ないのならば味気ないものであるが、仲忠のように立派な人を見付けて、一緒にしないでおくということがありますか。

 位の事は考えなさいますな、仲忠はまだ年が若い。位が低いという事は年齢が若いという事で世間は承知するだろう。歳を取るうちに世間の人には負けないで位も授かるであろう。そう思って安心しなさい。あれほどの人物は世間で謗りを受けるようなことは決してあるまい」

「さて、帝がそう思われても、私にははっきりと決める事は出来ません」 
 御息所は賛成しかねている。

 帝は御息所仁寿殿に、、
「仲忠が、兼雅北方の母親と共に山中のうつぼで暮らした幼かった頃の貧しい生活を思い出すからでしょう。なんとまあ意地の悪いことを。

 世間で非難されるようなことをしたとは聞いていません。今宮、仲忠を夫婦にしてあげなさい。この上ない位を与えましょう。位が高くなれば、今の容姿よりも、元々持って生まれた才があり心も形も美しいのだから、更に良くなりましょう、きっと今よりも仲忠をお気に召すと思いますよ」

「それではよく考えてみましょう。里で宜しいというならば」

「そのお里の方は決して非難はなさらないでしょう。それでは先は有望ですね」

 と言われて、帝は四つの膳のある昼食の席に着かれた。


かくして、上達部、親王達、殿上人として仕えている者は全員が、仁寿殿に集合した。

 左大将正頼は三条の自邸から果物や酒を取り寄せて、話し合われる。帝も春宮に、

「例年よりは少し面白いことをしてみたいものだ。やっと風も涼しくなり、風情があるようになっていく時に、世の中のことは忘れて、満足できるようなことを今年の秋はしたいものだな。銘々趣向を凝らして考えてください。

 人の一生は儚いものであります。生きている間は興有ることを見て暮らしたいものである」

 春宮は、
「本当に仰るとおりであります。毎年次々とある年中行事の節会などを、同じ事なら、父上の時に変わった趣向で行事を進めて、それが累代の行事になるというようにしたいです。昨年嵯峨院が吹上行幸の折に行った九月九日の節会は、例年よりは少し変わった行事になりましたでしょう。

 吹上の時のような行事が又あれば宜しいですね。今年中にあります節会は、どれが特に心遣いの行き届いた行事か、お決めになっては如何ですか」

 正頼大将、
「年中行事の節会はどれであろうが、趣のあって良いものであるが、中でも、元日に百官が参内して、大極殿で唐風により行われる、天皇に年賀の辞を申し上げる儀式の朝拝は、内宴の折の様子が大層面白く趣があって美しゅうございます。

 三月の節会は(三月初の巳(み)の日、主に女児の祝う節句で、宮中では、この日、曲水の宴を張った)花が特に美しく咲いたときは、本当に甲斐があるものです。

 さて、菖蒲以外の花が咲かないけれども、何となく艶めいて、哀れを感じるのは五月五日端午の節であります。短い夜は直ぐに明けて、暁に時鳥の鳴き声がほのかに聞こえてきて、五月雨が降る朝早く、あちこちに置かれた菖蒲の香りがかすかに匂ってくる、このとき何となく不思議な世界に居るように感じる。

 果物の盛りにはまだならないが、ほんの少し季節の過ぎた橘などが残っているのは、非常に趣が深いものであります。

 節供の料理を召し上がるときには、これと言ったものもありません。

 七月七日の七夕祭りは楽しくはありますが、これと言った違った催しがあると言うこともありません。七夕祭りもその催しの方法がありましょう。