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私の読む 「宇津保物語」  初秋

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「今年は右大将も『例年よりは心を込めて今年の相撲に精を入れる』と、言っておられたから、いつもよりも気をつけて大切に考えて準備をしなさい。なみのり、このように都入りしたのだから、例年よりは勝る年だと思っている。右大将も、なみのり、が上ってきた、と申されていた。右の伊予の力士の最上位のもの最手(ほで)は、なみのり、と同格の、ゆきつね、はまだ来てないが、『いずれは上ってくるだろう』と言っておられた。そうであっても右には、出来る者が多くいる。

 困ったことには、いつものことだが、左方右方と分かれているので、とかく張り合うのだが、一番目の勝負には童(うらて)弱い者から順に最強へといくのがよかろう」

 と言って、政所から充分な食事を出させた。

 右大将兼雅も
「言うまでもなく、今年の相撲も勝った方が介以下の人々にご馳走することになろうから、そういう心用意をしよう。そう思って準備したが、負けたために人が来なかったとしても、何も恥じることはない。

 むしろ勝ったからと言って急ごしらえのために手落ちがあるのは宜しくないだろう。今から充分心得て準備してください。被物など多く用意して」

 と、北方に告げる。政所にも同じように注意をして、机や打敷きなどの品々を充分に用意させた。

「右近の中将などは勝負が盛り上がるほどの音楽をさせたい。被物などは遊び人や相撲人達を選んで決めよう」

「いかにも清らかな持てなしをしよう。珍しい感じの催しをしよう」

 と左右の大将はそれぞれ、自分こそは負けてはいないと決めていた。

 その相撲の節の日着用するはずの装束を、大将のため、仲忠中将のためにも、北方は出来る限り清らかなお召し物に仕上げた。北方は絹や綾を沢山取り出して、それを使った。

 そうして仲忠は正頼に
「仲忠は、春宮殿に参りたいのですが、どうも参上しかねています」

「なお参上して、藤壷にお話申し上げたら、心の悩みも収まるだろう」

「藤壷には少し心用意してから申し上げましょう。乱れた心のままで変なことを申し上げたら恥ずかしいですから」

「貴方の賢いところは、あて宮に消息してその返事を貰う、あの気むずかしい宮から、たいしたものです」

「そう仰いますが、仲忠はあて宮に近づいて声を掛けられません」


 左大将正頼も同じように今回の相撲の節のことに臨むに当たって、右方の有力相撲取り伊予の強者が都入りしたことに、右大将の兼雅が他にないほど大変喜ぶ、が正頼も本当に相撲が盛り上がると嬉しく思う。

「今年の相撲に、左の、波乗り、が都入りしたのに、右の、ゆきつね、が都入りしなかったらどうしようかと思った。二人は初めて手合わせするのだから、その一人が欠けるとは大変悔しがっていたが、本当に嬉しいことに都入りしてくれた」

 と、喜んで言われる。


絵解
 画面は正頼の屋敷に力士の最上位、最手(ほで)なみのり、が故郷から持参した物を贄(にえ)、神に捧げている。相撲取りにも渡す。

 正頼の屋敷には仁寿殿が藤壷の装束を準備している。

 右大将の屋敷、此処も相撲取りが居る。

 
 相撲節が近づくこの頃は、左右近衛大将、中将は心の中はこの相撲だけで、他のことは全く考えていない。

 日が迫るに従って。忙しく毎日現れて、色々な指示を出す。右近中将佑純蔵人頭は総てを委ねられた。平維蔭(これかげ)、平中納言の息子元輔(もとすけ)右近少将に。藤原なかまさ少将、少将には世間で評判のいい男が就任している。

 左近には、仲忠、涼宰相中将である。少将には、行正、前左大臣の三男仲清、村方などが評判高い人で、その日の左近少将となる。

 こうして七月朔日(ついたち)、内裏の帝は仁寿殿御息所(正頼長女)の局に渡られて、
「どうして昨夜、蔵人を使いに出したのに、貴女はお出でにならなかった。どうして日に何回も使いを出すのに帰してしまわれるのか。もしかして私を怨んでおいでかな。可哀想に何かありましたか」

 御息所
「ご心配なさるようなことではありません。実はこの日頃暑い所為でしょうか、少し気分が悪いのでお側に上がれませんでした」

「それこそ、私の側にお出でになれば、気分爽快になられますでしょう。どういう悩みなのですか、もしかしてあの事(妊娠)ですか」

「なんとみっともないことを仰います。只今はそのようなことは御座いません」

「まあ今はなくてもね」

「「夏虫の」と言うこともありますでしょう」

 後撰和歌集
 久しく言ひわたりはべりけるに、つれなくのみはべりければ
                  業平朝臣
0967 頼めつつ逢はで年経る偽りに懲りぬ心を人は知らなん

     返し
                    伊勢
0968 夏虫の知る知るまどふ思ひをば懲りぬ悲しと誰れか見ざらん

 を頭において仁寿殿は帝に答えた。帝は、 

「本当に、この頃貴女を想う人が沢山いらっしゃるようです。あなたのその純な心で感じられるでしょう。それを私は心配しています」

「誰に濡れ衣を着せようとなさるのでしょう。納得のいかないことですね。今そういう人がいると思いですか」

「相棒のある盗人だね」

「ますます分かりませんわ、一体何のことですの」

「本当にお分かりにならないのですね。つれないお答えですね。ここまで言ったのだから、申しあげましょう。兼雅ですよ」

「それこそ、人のこと空言で御座いましょう、私はおぼえがありません」

「兼雅は色好みだとしても、心遣いの細やかな人だからこそ疑うのです。他の人では無理でしょうね。

 なにかその名の立つことの惜しからむ
        知りて惑ふは我一人かは
(いったいどうして浮き名が立つことがいけないのだろうか。噂が立つのがわかっていながら恋に惑うのは、自分一人だけだろうか、いやそんなことはない) (古今集1053藤原興風)

 歌のように疎画(そが)のうちであれば、まだ許されます。貴女一人の罪ではありませんよ。

 あの兵部卿の宮は弟で身内だから褒めるわけではないが、少しは見所のある人物です。よく見ると、あの君を女にして持ちたいものである、それが無理であれば、わたしあれを女として話をしたい。

 その上に少し情け有る女のひとに、あの兵部卿がこの女の人をと狙いを付けて言い寄ったならば、情のある女ならば、どうして生真面目ではいられようか。

 そう想って見ると無理もないので、私は酷く咎めようとはしないし、たまにその様に見えても別に何とも思いませんよ。

 しかし、一般的に言って咎め立ての出来ないことがあります。なかでも、兼雅大将が貴女に馴れ馴れしくしたことは、強く咎めますまい。無理もないと思われる節が少しはあるでしょう。 

 次には兵部卿宮が却って心苦しい人だ。
 宮は、自分を見る女に、自分を深く思わせるような心があって、人間界から離れた吉祥天女でさえも、ふらふらっとなる程、惑わせる人で有る。

 その宮に貴女は、そこが貴女が他の人よりも勝っているというところであるが、深入りをなさらなかった。最もその後どうなったかは知りませんが」

 長い話を帝はされた、それに答えて仁寿殿は