濃霧
――深い森の中を歩くユーリ。獣道すらなく、彼は木々の間を縫うように歩くしかない。なかなか前に進めず、体力が消耗していく。今回のような非常時に備えて訓練を受けていたが、それでもきつく感じた。
「クソ! また霧だ……」
周囲に霧が漂い始めたのだ……。それはどんどん濃くなっていき、ひどい視界不良となった。3メートル先の地面がまったく見えないほどだ。
「おっと、あぶねえ!」
地面に飛び出した木の根を見落としてしまい、彼は転びかけた。こんなところでケガでもしたら、さらに面倒だ。
転倒を防ぐために、彼は進むスピードを緩めなければならなかった。遅い歩行速度をあざ笑うかのごとく、時間が刻々と過ぎていく。
「このままでは夜になってしまう……」
濃霧の向こうに薄らと見える太陽が、西に傾きかけていた。
このまま夜になれば、もう進めなくなる。
緊急用のキットがあるので、こういう場所での野宿は可能だ。だが、ここは一応敵地なので、火を使うのは危険だ。暗闇の中で寒さに震えながら、細々と朝を待たなければならない。しかし、下手すれば凍死が待っている……。
「急がなくては、うわっ!!!」
ユーリが足を早めた直後、彼はとうとう転んでしまった……。しかも、そこは下り坂になっている場所で、彼はゴロゴロと転がり落ちてしまう。
そして、坂を下り終えたところで、木の太い幹に前頭部をぶつけてしまった……。
「うっ……」
突然の衝撃に気絶してしまう彼。薄れゆく意識の中、霧がいつの間にか晴れていることに気がついた……。
……目を覚ますと、ユーリは寝心地の良いベッドの上にいた。体には温かい毛布がかけられている。
「ここはどこだ!?」
彼は飛び起きる。それと同時に、香り高い紅茶の匂いを嗅いだ。
「ああ、お目覚めかい?」
温かい暖炉の近くで、大男がドカンと座っていた。黒い髪とヒゲが生い茂っている。そして、服装から猟師だとわかった。彼の仕事道具である猟銃は、壁にちゃんとかけてあったが、腕力だと負けそうだ。
「安心しな。ワシはテロリストじゃない。純粋なロシア人で、退役軍人だ」
ユーリが自分を警戒していることに気づいたらしい。
「そうか。助けてくれてありがとう」
「いいってことよ! アンタ、行方不明になっている空軍のパイロットだろ? テレビで見たから、すぐにわかったよ!」
「え?」
もうそんな情報がテレビで流れているのだろうか。
大男は、ジャム入り紅茶であるロシアンティーを渡してくれた。