濃霧
「どうしたの?」
サーシャは不思議そうにしている。外のことを知らない彼女にとって、ここの野菜の大きさは普通なのだ……。
「そろそろ行くよ」
ここに長居するのはまずいと、ユーリは感じていた。どちらにしろ、こんなところでノンビリしている余裕などないが。
「あら、もう行っちゃうの? また寂しくなるわね」
サーシャは、やはり一人で寂しいのだ……。
彼はそんな彼女を見て、罪悪感を持った。それからすぐ、彼は良案を思いついた。
「ここから連れ出してやろうか? こんなところより街で暮らしたほうがいいだろ?」
彼は彼女にそう提案した。
しかし、彼女は残念そうな表情だ。
「ここから出ることはできないわ……」
彼女はそう言葉を振り絞った。
「ど…どうして?」
「私はここでしか暮らせないの」
生まれ故郷を離れたくないのだなと、彼は考えた。しかし、彼女は言葉を続ける。
「ここのものを食べないと死んでしまうって、おばあちゃんが言っていたから」
そう言った彼女の視線は、カゴの野菜のほうを向いていた。悔し涙を隠すために、うつむいているようにも見える……。
「……そうか」
彼女が祖母からどう教わったのかはわからない。ただ、異常な大きさがある野菜のことを考えると、この話には信憑性があると思わざるをえなかった……。これを目の前にして、説得などできるはずがない……。
「じゃあね」
「さよなら」
ユーリとサーシャは別れる。持ち運べない上に重いので、座席やヘルメットなどはここに残しておく。彼女が何かに役立てるだろう。
彼女はその場に残り、歩き去る彼を見送る。森に向かって歩く彼は、彼女の寂しげな視線を感じていた……。
獣道などの森への入口は見つからなかったが、とりあえず森に入ることした彼。
「じゃあね!」
彼は振り返りに、彼女に再度の別れの言葉を届けた。
「さよなら!」
彼女は笑顔になってくれた。作り笑いかもしれないが、彼は少しだけ安心できた。
ユーリは足元の雑草をどけながら、森に入っていく。薄暗く深い針葉樹林だが、なんとか歩くことができる。
ふと振り向くと、空き地の空間が木々の間に見える。サーシャの姿までは見えなかったが、まだ見送ってくれている気がした……。