濃霧
「空から降りてきたのさ、お嬢ちゃん」
どうせ言ってもわからないだろうが、偵察機からパラシュート降下してきたことは、とりあえず伏せておくことにした。パイロットスーツを着ているが、たぶんわからないだろう。
「あら、ロマンチックね! あなたのお名前は? 私はサーシャよ」
無邪気に信じてくれたのか、社交辞令でスルーしてくれたのかは不明だが、彼女は彼を不審者だとは思っていないようだ。可愛い笑顔を見せながら、軽やかに近づいてきた。
「俺の名前は『ユーリ』だよ」
これは偽名だ。用心するに越したことはない。
「ふ〜ん、なんかありきたりな名前ね」
「ま…まあね」
子供のくせに鋭い。だが、今さら改名などできない。
「それより、ここはどこなのかな?」
ユーリこと彼は尋ねる。
「ここ? 名前なんて無いわよ?」
「……じゃあ、近くの町や村はどこかな?」
すると、サーシャこと彼女は、申し訳なさそうな表情になり、
「ごめんなさい。私、ここから外に出たことがないの……」
そう言った。
まだこの年齢なのだからありえる話だと、ユーリは思ったものの、森林に囲まれたこんな場所にいて、よく暇を持て余さないものだなとも思った。
「どこかに大人はいないのかな?」
「……いない。去年までおばあちゃんがいたんだけど、病気で死んじゃった……。今は1人よ」
少女の声は寂しげだった。彼は、いけないことを尋ねてしまったと後悔すると同時に、こんなところで1人で生活している彼女に同情する。
「今まで大変だったね」
「そりゃあもうね! でも、食べ物には困ってないよ!」
彼が自分を心配してくれていることに気づいた彼女は、元気にそう言ってみせた。
「食べ物ってその野菜……。え?」
彼女がカゴに持っている野菜を改めて見た彼は、目を丸くして驚いた……。
近くで気づいたのだが、カゴのキャベツやジャガイモなどは、普通のものよりも二回り以上大きかった……。ネット上でもなかなかお目にかかれない大きさだ。例えばジャガイモは、バスケットボールぐらい大きい。
「まさか。……うわ!」
ユーリは、周囲の畑で実っている野菜をよく見て、また驚く……。
畑の野菜も、同じぐらいの異常な大きさなのだ……。彼は、自分の体が小さくなったような気がした。
新種の野菜とは思えず、ここの野菜は明らかに異常だ。なんともいえない不気味さに、彼の顔は青ざめる……。