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私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 2

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「昔あのままお見えにならなかったあの若君であろうか。どうお答えすればよいだろう」
 と言っているうちに兼雅は空洞に入ってきて、仲忠の母親に向かって、

「先にもお伝えしようと思いましたが、まだその時でないのにお伝えしたならば、このようにお話がうまくいかなくなる、と考えて言いませんでした。

 私がかって、賀茂社に父がお参りすると言ってお供して貴女をお見受けしたのであります。その時は貴女もご存じのように大勢の者が騒いで私を探して、私は帰りましたところ、両親の機嫌が悪く、両親が居られた間片時も側を離れることが出来ません

『隠しごとを持つ子供だ、目を離すな』

 と、一寸での親の側を離れますときは必ず供が付きまして監視され、いつもいつも貴女の許に参りたいと思い続けて忘れることはありませんでしたが、自分以外に貴女の居られるところを見た者が居ませんので、消息をお伝えし又聞くことも出来ませんでした。

 父が亡くなりましてお住みになって居た処をお訪ねしたのですが、全く野原になってしまっていて尋ねて聞く術も無くなっていましたので、尋ねる当てもなく、気に掛かりながらも今日までの長い日を思い続けていたのです。

 それがこのようになさっておられたとわ」
 
 と涙を流し泣きながら兼雅は言うと、仲忠の母、俊蔭の娘は、今の姿は恥ずかしく何も言うことが出来ないが、ひたむきに物語られる兼雅に何も言わないのは年甲斐もないことだと、彼女は苔が簾のようになっている側によって、

「もの凄く私にとっては古い昔の話でありますので、このように仰られても覚束無い夢の中の出来事であったようなことで、そんなことも有ったことだと思うばかりです。
 かりそめの契りのあとに、この子のような者が現れて、世間体も悪く、

『私達の暮らしを世間の人に見られないような処ないか』

 と思いましてこのような世離れした処で生涯を終えることにしました。あの時、京極の生活さえも落ちぶれた者だと思いましたが、この生活から見ればあの時の京極生活はまだましで御座いました」

 と、泣きながら言うと、兼雅は、

「何もそのようにお気になさることではありません。此処での清貧なお暮らしを見させていただいて、貴女への気持ちが変わることはありませんが、気持ちは暗いです。

 世間を見限られて離れ、この空洞の生活に心惹かれ、私は思いが深くなりました。それはそれとして、お迎えの為に此処へ参りました。此処にも劣らない、人が全く寄りつかないところを用意いたしました。そこでゆっくりと心ゆくまでお話しいたしましょう」
 
 と、伝えると、俊蔭の娘は、

「本当に有り難いお話ではありますが、人の世との交わりはこれを最後にして、と思い立って空洞の生活を続けてきましたのに、今になって気持ちを入れ替えて都に帰ろうという気持ちはありません、そう思うだけでも恥ずかしいことです。ただ仲忠が、私の子供、として戴いたのだと、後々のことも安心して一筋に仏の道を勧業して行けることが嬉しいのです」

 と言って動こうともしないので、兼雅は、

「そう決心なされたことでも、仲忠は、歳も、数えてみると十三歳になります。身体も大きく、気持ちが賢く素直でも、世間を渡るには限度があるものだから、都に出して宮中での交際をさせましょう。

 その後見(うしろみ)を貴女がしなくて誰がするのです。親のない子供は世間では用無しとされます。

 昔、千蔭大臣の一人っ子が、継母にだまされて、今はどうなったか誰も知らない。我が子の仲忠のために、人の寄り来ない住まいを探して準備したのに、このことを無駄にするようなことをお考えでなく、都に、さあ、行きましょう」

 兼雅は心から言うのであるが、俊蔭娘は、都へ出るのはとんでもないことと思っているので、兼雅はさらに続けて、

「この仲忠一人を私が引き取って、貴女が一人此処に残られても、この子は心配で此方に通い続けることでしょう。

 そうなればみんなが此処を知ることになります。また、我が子を此処に置いておけば、私も父として気持ちが穏やかではありません。

 先日から今日まで、私の心が静まる暇がありませんでした。仲忠早く母上に申し上げて都に出る気になるように誘いすすめなさい。

 このように二人が空洞暮らしをしているのは私の罪ばかりではない、仲忠お前が母上の気持ちだけを考えた所為ではないか、今は母親に孝行をするという気持ちで、都へお連れ申せ」

 と兼雅が言うのを聞いて仲忠は有り難くてお二人は父上と母上、どちらも親であるからどちらに従おうと孝行の道に適う、母親に、

「こんなにあきれるほど酷いところにさえ、幼い私を頼りにして入山されたのですから、こんどは、此処を出ることが私のためであると思ってください。」

 心を込めて言うと、父の兼雅も、

「貴女が私と同じ場所に居たくないと思いならば、お訪ねすることは止めましょう。ただこの仲忠を思いなさることでは、私も父親として同じ思いです。都に出ましょう」

と、切実に訴えて言われるので俊蔭娘も、兼雅の熱い気持ちを察して、又我々親子を見捨てはなさるまいと思ったので、

「本当に、この子についてこんな処までやって来たのだ」
 と、母親は思い返している様子を察して兼雅は、彼女は迷っていると、
「今はもう、貴女が嫌だと仰せになっても、そのようには参りませんよ」

 と、急かせに急かされて、持参した衣類を着せて、彼女がその気になるように誘いすすめると、母親は自分では気が進まないまま共に空洞を後にして都に向かった。父の俊蔭から贈られた遺言の琴は空洞にそのまま隠して置いておいた。

 俊蔭娘を兼雅は自分の馬に乗せて、自分と子供の仲忠は、前後に付き添って、供の者を待たせておいた場所まで来て、兼雅と仲忠は供の二人の馬に乗り、供の二人は母親の馬に付き添わせて、秋の夜を一夜歩き続けて明け方に三条大路の北、堀川の西側の家に到着した。二人の供に堅く口止めして、

「もし、このことが世に知れ渡ったならば、お前達を罪人として獄に繋ぐから」

 と、しっかりと言い置いて、兼雅自身が二人を案内して準備をしておいた処に案内して、誰にも知らせていないので、使用人は居ないくて、殿油(となぶら)を点す者が居ない。暗くて内部が見えないので兼雅は自分で格子一間を上げて、外を見ると、秋の朝が明けるところ、玉のように磨き上げた御殿には何の飾りもなく、何となく淋しい感じであるが大事に案内されて立つ俊蔭の娘が、清潔で例えようもなく美しく、天女が降りてこられたように見えた。

 子供の仲忠も子供の晴れ着の水干装束であるが、男らしいきりっとした容貌で、嬉しかった。

あの愛した俊蔭女は、長年の苦労で容貌も衰え醜くなったであろうと思うのだが、見る者が恥ずかしくなるような、まぶしく美しく、母と子を兼雅は見とれているので、女は恥ずかしくて暗い方の奥に入っていったので、兼雅も付いて奥に入る。

「お前はそこに寝なさい、眠たいだろう」

 と言われたので仲忠は几帳の許に伏せるが外が見たくて御殿の端に出て、目の前の光景を見る。