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私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 2

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兼雅は聞いて悲しく哀れに思うが、顔には出さず、恥ずかしく思われこれからはもう少し深いかかわりを持とうと、

「本当に哀れで悲しいことがあったのだな。まだまだこのような隠れ住まいを続けるおつもりか。または、普通のような生活をなさりたいですか」

 仲忠は、

「何か世の中というものは、嫌なもので御座いましょう、人と生まれながらどういう因縁からか、こんな避けたいような獣を友にして、しかも彼らに食事の世話をして貰って、今日こそ獣に食われてしまうかと、神経が休まることなく恐ろしく、悲しい目に遭う。

 前世の罪が如何であったのかと思いやられる、私たちは天地が許すことが出来ない身の上でありましょう。思えばいよいよ罪が深く世の中で生きることも難しい・・・・・・・髪を剃って世捨て人となって山に籠もろうと、思っています」

 兼雅は仲忠の言うことを聞いていて、このような山の中に過ごさせるには惜しい人物であると思った。

 兼雅は話をする男の子は十五六歳ぐらいかなと見ていた。話すことが感心させられる内容であるし、他人事として聞いていても身に沁みるほどのことであるのに、目の前の男は我が子であるので涙を止めることが出来ないから、心を落ち着かせて、

「本当に、言われることは尤もなことではあるが、どういう人がこのような住まいで世を過ごすのかな。

 頭を剃る人も師について僧となることが立派なことである。そうしてから再び山に籠もる。世にも珍しい獣にいつまでも危害を受けないと思いですか。今まではこの珍しい獣らに危害を受けなかったし、生活の助けにもなっていたが、この先のことは分かりませんよ。

 どうですか京へ出てお出でになりませんか。このような獣らに害を受ける人は、仏の加護を受けて浄土に向かうことは出来ないでしょう」

 と言うと、仲忠は、

「仰るとおりにして、京の都に上がりましても、世話をしてくれる人も無しに暮らすのはますます苦しいことで」

「それは、このように籠もっておいでのあなた方を京に上られることを奨めておいて、その後は知らないというようなことは有り得ないことです」

 と兼雅は言うと、

「母上に、このことをお話ししてきます」

 と言って仲忠は兼雅の前を離れて空洞の中に入っていった。母親に、

「このようなお話しをされる方が、お出でになりました。どのようにお答えいたしましょう」

 母は、

「このような人並みはずれた生活をする者を初めて御覧になって、どう思いになったのでしょう。卑しい者と軽蔑なされても、それは当たり前です。そうは私が言っても、これは貴方の心次第です」

「私は思うのですが、この山に住むようになって八年になります、辛いこと悲しいこと有りましたが慣れてしまいました。何の目的で此処を出ましょうぞ。このまま此処で暮らしていこうと思います」

「そう思いであればそうお答えなさい。この上さらに辛いことはもう無いでしょうから。そのお方はこのような惨めに暮らす様を御覧になって一時的に興味をお持ちになったのでしょう、だからそのようなご親切に言われたのでしょう、深い意味はないでしょう」

 と母言うので、仲忠は再び兼雅の前に出て母の意向を伝える。 

「一緒に住んでいます母は

『今更世に出て世間並みの生活をしたいとは思いません。また世間に出て恥をさらすのか、とでも言うように山が私を見る目が恥ずかしい』

 と言われて、動こうとはなさいません。私が一人都に出ても何の甲斐もありませんでしょう」

 と言う頃に日が落ちはじめたので兼雅は、

「何か私が強制しているようです。縁があるならばまたここへ来ましょう。今日は帝のお供でこの北野に参りましたので、帝が私のことを、一度も顔を出さないではないか(ひたやごもり)と仰ってお帰りになれば、有ってはならないことであります」

 と言って兼雅は立ち上がる間に、猿が六七匹連れだって色々な葉を十枚ほど串で刺して皿のように造る、葉椀(くぼて)にして、椎・栗・柿・梨・薯蕷(いも)・野老(ところ)などを入れて持ってくるのを兼雅は見て、悲しく感じられて
「そうか、母と子はこのようにして養われていたのだ」 と珍しく思う。常には見ない人がいるので、猿たちは驚いて皆逃げてしまった。

兼雅大将は帰途について山の峰一つを超えると、馬副(うまぞい)と兄の右大臣も、獣の中に入っていった兼雅を心配して探しに来ていのが、兼雅を発見して喜んで、「さて、どうであったのだ」と聞かれるので、兼雅は、

「琴の音は、谷に聞こえ、峯に聞こえ、高く上ると音は地の底になり、谷にくだると音はは雲の上から聞こえてくる、獣は貝を伏せたように道に伏せているので、その中を分け入って何とか奥へ進みました。そのまま奥へ進もうと思いましたが、帝のお供で参ったのにお供から離れては気まずいことになると思いまして」

 というと、兄は、

「だから天狗だと言ったではないか」

 と言って帝の許に揃って戻る。

帝は、
「消えてしまって、朝臣達は何処へ行っていたのだ。いい女が居ると聞いて、いろ好みの忠雅、兼雅私の前から消えてしまったのだな」
 と仰って。帰館の道へ出られた。

仲忠が母から聞いた、昔加茂社に詣でた行列は、忠雅はその頃は兵衛佐、兼雅は若子君と言われて、今は忠雅は右大臣、兼雅は近衛の大将である。

兼雅は帰館の道々、山に残った母と子供を哀れに思い、帰館しても頭から離れず悲しくて、「どのようにして此処へ迎えようか」の考えで頭の中はそれだけである。

 妻や妾の所にも行かずに一人で部屋にいる。他のことは考えずあの女と子供の仲忠のことで心が落ち着かず、先ず、あの親子の生活する場所を何処にするかと考えていると、都の東北一条に広く大きな御殿に、大殿が幾つも棟を並べてあり、嵯峨院の第三皇女を始めとしてしかるべき貴族の娘、多くの使用人を此処に集めていらっしゃる。このように多くの人の中に迎えてあげよう、と考えた。

兼雅は三条の堀川近くに、娘が東宮妃に上がったときに、娘のためにと考えて大きな御殿を建てていた。

 多くの調度品をそろえてほぼ出来上がっていたので、あそこへ迎えることにした。三日ほどかけて館を整えると、尤も親しい供二人を選んで、兼雅と三人馬に乗って、あの女のためにと、袿一襲・袴・小袿・指貫(女の旅用)。子供の仲忠のために、絹の指貫・摺り狩衣(かりぎぬ)・袿・袴などを持たせて、何処へ行くとも言わないで、乾飯(ほしい)を少しだけ餌袋に入れて、忍んで出かけた。

 言葉には出来ないほど厳しい山を越えて、仲忠とあの娘が住んでいる空洞に到着して、咳をして人がいることを空洞の中に知らせた。

 仲忠が空洞から出てきて、兼雅達を見て、

「この間お出でになったお方ですね。なんとっまあ、お恥ずかしい。どなたですか貴方は、おかしな方ですね又このような処にお出でになるとは、何も隠れはしませんよ、このように、わざわざ又お出でになられたのだから」

 兼雅は空洞に入ろうとして、

「お前は知らないことだ。母君にお会いする」

 と言う。仲忠は奥に入って母に、
「このように仰っておられます」