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エッセイ集:コオロギの素揚げ

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掌編ホラ小説『ごちそうします。おいしいですよ、蛸の足』



 わたしにも、日々の食事に窮していた頃がありました。
 住まいの近くによそ様の畑があったのですが、トマトやナスビ、キュウリなどが、それはそれは、おいしそうになっていましたよ。でも、無断で取るわけにはいきません。お願いをして分けてもらうにしても、プライドが邪魔をして、恥ずかしくてできませんでした。それでいつも、腹の虫の音を聞きながら通り過ぎていたのです。

 ある時、いいことを思いつきました。川で魚を釣ったらええやん。
 ところが、釣りの経験はないので道具など持っていません。そこで考え抜いて、簡単に捕まえられそうな、蛸を捕ることにしたのです。蛸は、狭い空間が好きだと言うじゃありませんか。
 人目を避けて深夜に、自転車に壺と寝袋を積んでひたすら河口を目指しました。空腹でしたけど、捕らえた蛸を焼いているところを想像すると、ペダルを踏む足に力がみなぎってきました。
 少し欠けた月が、道案内してくれているようでした。

 海に突き出た堤から紐でつるした壺をそっと下ろして、待っている間寝袋に入っていると、空腹ではありましたが、自転車をこぎ続けた疲れもあったのでしょうか、すぐに寝入ってしまったのです。
 どのくらい眠っていたのかは分かりません。誰かが、寝袋に入っている私の肩を叩くので目が覚めました。顔を覗き込んでいたのは、男の人です。まだ星が瞬いていますが月は見えません。そんな暗さの中でも、さていくつぐらいなのでしょう、若そうだと見てとりましたが、目はつり上がり頭も眉も剃りあげています。
 きっと族に違いないと思い、寝袋に潜り込んで震えていました。海に突き落とされたらどないしょうと思いましたが、それも仕方ないと、覚悟はできています。
 と、はかなげな声がしました。
「人間になりたい」
 確かに、そう聞き取りました。
 気配が消えて何事もないと分かって急いで壺を引き上げると、壺の口に足が出ているのです。もちろん蛸の足。
 嬉しくて、必死に自転車を走らせて家に戻ると、鍋に水を張り幾ばくかの塩を入れてから蛸を移しました。

 親指4本分程度の太さ、長さおよそ30センチメートルの、にゅるにゅると動いている足を1本つかんで中ほどで一気に切断すると、オーブントースターで焼きました。しばらく見つめていると、足はやはりうごめいていましたが、やがて香ばしい匂いが鼻空をくすぐり、唾液が込み上げてきます。でも、こんがりと焼けるまで辛抱して待ちました。
 待った末に幾分冷ましてからかぶりつくと、カリッとした歯ごたえでも、中は柔らかく、その香味が口中に広がって、筆舌に尽くし難いほどにおいしかったぁ。
 切断したのは1本の半分だけとゆうのは、足が再生してくるだろうと思ったからです。そうすれば、ずっと食べる物に困らない。特に味付けしなくても絶品の味なんですから、もう食べ物の心配はいりません。

 やがて、ひとりでは食べきれないほどに足が再生してきたのです。
 そこで、日頃疎遠になっていた友人たちにたまにはご馳走しようと思いつき、招待しました。
 こんがりと焼いた蛸の足を皿に山盛りにして出すと、漂っている匂いに待ち焦がれていた友人たちは「おいしい」と言ってむしゃぶりつき、お替わりまで要求してくる。
「またあしたね」と言っても、「あるんやったら今食べたい」と。
 仕方がないので「適当なんを切って」と包丁を渡し、Tシャツをめくり上げて後ろを向きました。
 音が途絶えたので振り向くと、誰もいなくなっていたのです。
 せっかくですから今度は、あなたにご馳走しましょうか。是非来て下さいな。
 そりゃあ、おいしいですよ。
 捕って来た蛸ですか? 寿命だったのでしょうねぇ。
 もちろんすべて、わたしが、おいしく頂きましたよ。


                   2016年 1月 9日