エッセイ集:コオロギの素揚げ
五月山季節語りー歓春ー
登山口となる「緑のセンター」から少し上がると、石組みの上に、ギンランがひとつだけ花開いていた。長さ1センチに満たない、小さな白い花である。
顔を近づけてよく見ると、茎を抱くようにした葉の付け根に、小さなアリが2匹、隠れるようにして潜んでいた。花の中では、同じ種類のアリが1匹動き回っている。地面には、列をなすほど多くの大型のアリが、忙しく行き交っていた。花に取り付いているのと同種のアリは、どこにも見当たらない。
――この2匹は、花の中で花粉を集めているアリの護衛なのか。決死の覚悟でやって来るほどの価値がある物を集めているのだろうか。
成り行きを見ていたかったが、いかんせん、時間がないのであきらめた。
杉ヶ谷コースに入っていくと、珍しい葉の付き方をした植物がある。
1本の茎に、らせん状に細長い葉が十数枚ついている。
ウラシマソウという名を教えてもらって調べると、これで1枚の葉を成していることを知った。珍しいと思ったのは、その葉をめくると、同じ場所から伸びた軸に紫色の花がひとつ付いていたからでもある。仏炎苞というのだが、水芭蕉の花の形と似ている。そして、花の先端から細い軸が葉の上にまで伸びている。これを浦島太郎の釣り糸に見立てて、ウラシマソウと名付けられたそうだ。
葉が、花の日傘になっているようで、面白く感じた。
違っているかもしれないが、その葉を鹿が食べているらしい。葉も花も消えていたり、食べたような跡を見つけて、そう思ったのである。
杉ヶ谷には、コクサギという低木がよく目に付く。蝶の食草である。
小さな花が咲き終わろうとしている今、面白い状況を目にした。
葉の裏側に、円錐状の揺籃が出来ている。
4月25日。中を覗くと、卵から孵ったばかりらしい幼虫がいた。シャープペンの芯でつついたような目がてん、てん、とある。
26日。上部は、虫が吐いた糸で塞がれていた。円錐の底側にはフンが溜まりつつある。幼虫がいるはずの場所が空洞になっているのもあった。センダイムシクイが食べたのだと思う。チョチョビィーという声がよく聞かれ、姿もよく見せてくれる、スズメより小さな夏鳥だ。
さて、ヒト、である。
21日、長い棒を持って高原の駐車場に集合。コシアブラの新芽を採るとのこと。私は参加しなかったが、釣り竿を持ったヒト、伐採されていた枝で作った、ひっかけ棒を携えてきたヒトたちと出会った。
天ぷら、おひたしが絶品だという。
その時の一人から、パウンドケーキをもらった。イタドリで作ったジャムを練り込んだという。
帰ってから、コーヒーを淹れて食べた。イタドリの茎が見えている。
美味しかったことは言うまでもない。
2017年 4月26日
作品名:エッセイ集:コオロギの素揚げ 作家名:健忘真実