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エッセイ集:コオロギの素揚げ

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掌編ホラ小説『ヤマビコの修業に力を貸した。』



 緩い上りが続く凸凹面を睨みつけながら適した位置に足を運んでいた道のまん中で、沢ガニが睨みつけるようにして立ち止まっているのが目に入った。
 普段見掛ける沢ガニより大きく、2倍程度あるだろうか。
――餌が豊富なんやろけど、こんなに大きかったら(ヒトにとって)食べづらいやろな、まるごとは。
 そう思いつつ跨ごうとしたのだが、私の視線は、沢ガニのハサミに向かった。何かを挟んでいるように思われ、興味を抱いたからである。
 顔を近づけた。
 まん丸の小さな白い玉。何かの卵だろうか。
 沢ガニと視線が絡まった? らしい。こんな表現を使うのはおかしいのだろうが。
《コトバガワカルヨウダナ》
 人声が、頭の中に直接入ってきた感がある。あたりを見渡したが、誰もいない。
 早々にこの場を立ち去ろうとしたら、なんと沢ガニがいた場所に・・・いやいや、誰もこんなこと信じないであろう。しかし敢て続ける。なんと、小人がいたのである。身長20センチぐらいの。
 呆気に取られていると、
《ヤッホー トイエ》
――えっ? えっ。ヤッホー? 言えんこともないけど。
 興味が湧いてきて、小さく言ってみた。
《フン マァヨシトシヨウ》
 小人は、《ワシハヤマビコダ》と名乗った。話し相手によって、その者と同じ姿になれる、という。
「なんで沢ガニの姿、してたん?」
《サイショニデアッタアレハ サワガニトユウノカ ハナシガデキズニコマッテオッタ イヤァタスカッタワイ》
 このまま立ち去るわけにもいかず、ヤマビコの話を聞くことにした。貴重な経験になる。興味もある。話のタネになる!
 なんで、どのようにして、ここにいるのか。
 話から、ヤマビコは山彦のことらしい。
 概略はこうである(読者が分かるように言い直している)。

 ヤマビコは、長野、岐阜、富山、新潟、山梨にわたって連なる日本アルプスの中の蓼科山に住んでいた。毎年、木霊の大きさ、清澄さを競う大会があり、山々から千人の山彦が集まって、腕試しをした。山ごとに山彦はひとりいる。見習いが5人。蓼科山の山彦は、大会で最下位だった。もう500歳に近く、快い気分にさせる木霊を返せなくなっていた。
 それで、雪が降り積もるまでに後継者をひとり選ぶことになった。
 5人の見習いヤマビコは急いで雲に乗って、それぞれの修行の旅に出た――山彦とヤマビコは微妙に発音が違うらしい。5人のヤマビコも、微妙に発音が異なるとのこと。
 5人のヤマビコはそれまでにも、特に忙しい時期には総出で手伝っていたから、木霊を返す経験は十分に積んでいた。
 乗っていた雲が消えると渡り中のジョウビタキに飛びついて、たどり着いたのが今いる、五月山だった。

 はて、と疑問符が付く。こんな里山で、やまびこなど聞いたことはない。木霊が帰ってくるような地形ではないと思う。
《イヤイヤ ヤッホー トイウコエヲハッシテモラエレバヨイ コノタマガイッパイニナルマデ》
 そういえば、最初に見たときよりわずかに膨らんでいる気がした。
 また疑問。ヤッホー、と私が言えば良いとのことだが、それがヤマビコの修業になるのか? 私が声を発する、つまり私の修業になるのではないか!
《イヤイヤ コノタマヲセイチョウサセルコトガ シュギョウナノダ ソレニハ シンライヲエナケレバデキヌ》

 私はヤマビコを信頼して、協力することにした。
 その時1回だけでは完了しなかった。結構疲れる、喉が。
 人がやって来ると中断した。笑顔で挨拶をかわすが、変に思われている気がした。私の声が聞こえているにちがいないから。
 通りゆく人には、ヤマビコの姿が見えていないらしい。ヤマビコが立っている山道を、何も存在していないものとして通り過ぎていくから、気付いたのである。
 ヤマビコの姿が見え、話ができる私は、やはり、仙人なのかもしれない。(参照:『引き続き山での、今度は楽しい実りの、おはなし』 14ページ)

 小さな森の中の沢のそばで、翌日も、またその翌日も協力した。玉が次第に膨らんで来ている。ついに玉は、サッカーボールほどになった。
《アト1カイデ オエヨウ》
 最後の日。思いっきり大きな声で、「ヤッホー」と叫んだ瞬間、玉を頭上に掲げていたヤマビコの足が地面から離れた。
 思わずヤマビコをつかもうとしたら、《アリガトウ》と言って、突然消えた。
 その瞬間、何かが閉じた掌の中にある感触がした。
 そっと開いた。
 ヤマビコが最初に持っていたのと同じ、小さな玉だった。
 しばらくの間いじくりまわして見つめていたが、私が持っていても何ができるでもなしと、その小玉を草叢に放り投げて歩き始めた。
《ヤッホー》
 初めて、木霊が返ってきた。
 草叢から聞こえた、小さなやまびこだった――あ ほら しい話。


                   2016年10月20日