エッセイ集:コオロギの素揚げ
身近に存在する “野生哺乳動物” との出会い
山を歩いていると、そこを住まいとしている動物と出くわすことが多々ある。鳥や爬虫類や昆虫を見つけて観察するのは楽しいが、出会うのはそればかりではない。
里山である五月山を毎日歩いているが、イタチやタヌキやノウサギやノネコのことではない。も少し大きい、イノシシやシカのことである。
冬のある日、沢沿いの道を下っていた時、斜面から駆け降りてきたシカが道を横切って、沢に下って行った。幅の狭い道で、目の前を急に横切ったので、ドキッ、とした。もし、数秒分早く前に進んでいたなら、体当たりしていたのではないか。
私はシカを認めたと同時に立ち止まったが、シカは急斜面でもすぐに立ち止まったり、方向転換できるものだろうか。ぶつかったら、私が跳ばされることになる。
雨上がりの朝は、至る所でイノシシの痕跡を見ることができる。土を掘り起こしているのだ。足跡を残していることもある。
数日前のこと。明け方まで雨が降っていた。
イノシシの足跡が鮮明に残っていた。ふとイノシシと出会う予感がしたのが、命中した。
最もポピュラーなハイキングコースで、人がよく通る所だ。顔馴染みと挨拶を交わして石段を下ると、しばらく平地になっているのだが、そこを歩いている時、前方10メートルから20メートルの所をイノシシが横切って行く。立ち止まって通り過ぎるのを待っていると、ゾロゾロと姿を現してきた。4匹、5匹、6匹。
イノシシといえば、六甲山のロックガーデン一帯の生息地が有名だが、ほとんど人と出会わなかった平日、ひとりで歩いていた時の遭遇は思い出深い。8年前だったろうか。
道幅ひとり分のハイキング道、平坦な道で行きあったのである。
どちらが道を譲るべきか、もちろん私の方だ。あちらは団体さんでもあるのだから。
横手の斜面にそっと移動して、息を潜めて後ろ手で “木” になった。
イノシシたちはその様子を、しっかりと、見据えていた。
先頭が “木” になっている私に寄って来て、鼻先を太腿に当ててきた。私は “木” なのである。匂いを嗅ぐと、道に戻った。2匹目も寄って来て鼻面を付けようとしたが、鼻腔を広げただけで先頭に続いた。3匹目も寄って来かかったが前2頭が先を進んで行ったので、それ以降の数匹はそのまま通り過ぎて行った。
鼻先を付けられた時には、さすがにどうなるかと思ったが “木” になりきったのであった。
今までで最もやばかったのは、これは後からやばかったのだと思い到った訳だが、ツキノワグマと遭遇した時である。
この時のことは、別作品の中ですでに書いている。再々採り上げるのはしつこいので、やめておく。
2016年 3月22日
作品名:エッセイ集:コオロギの素揚げ 作家名:健忘真実