風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8
「伊吹、ここに瑞があがってきてね」
「えっ、いつ」
「ついさっきよ。そして、別れを告げて登っていったわ」
瑞・・・。
別れを告げに、二人を呼んだのだろうか・・・。
「あの子、ありがとう、って」
佐里が目を細め、美しい眼差しを伊吹に向けた。
「幸せでした、って。深々と、頭を下げて・・・」
泣いている。細い肩を震わせながら、呟くように佐里が続けた。
「あの子、妹のところへ、行ったのねえ・・・」
「ばあちゃん・・・」
「寂しいわね、もう二度と・・・」
佐里の皺の刻まれた両手が、顔を覆って涙を受け止めた。
「もう二度と、会えないって、あの子、言うのよ・・・」
もう、二度と、会えない・・・。
「覚悟はしていたのよ。あの子の、瑞の魂は、いつかあるべき場所へきちんとお返ししなくてはいけないのだって・・・」
震える祖母の肩を、小夏が抱く。伊吹は、初めて知った。佐里と瑞との間にも、深い絆があったこと。
(俺だけじゃ・・・ないんだ)
瑞との別れを惜しむのは。つらくて悲しいのは、瑞と関わりあったすべての人間が、等しく対面する感情なのだ。祖母が泣くのを、伊吹は初めて見た。祖父が死んだときにも、伊吹が見たのは気丈な横顔だったように記憶している。
「あんた、早く行ってあげなよ」
小夏はと言えば、妙にこざっぱりした表情を月明かりに浮かべていた。
作品名:風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8 作家名:ひなた眞白