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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8

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「・・・このまま、」

逃げてしまえば、と消えそうな声が静かに降る。

「え?」
「・・・忘れるくらいなら・・・二度と、会えないほうが、ましだ・・・役目も約束も放棄すれば・・・」

弱りきった声。抱きしめる手を緩め、うなだれた伊吹の肩に手を置く。

「・・・・・・伊吹さんがそうしたいなら、わたしはそうする。協力します」

伊吹が顔を上げる。泣きはらした目を見開き、絢世を見つめている。


「――逃げますか?一緒に」


真っ黒な漆黒の瞳に、問う。揺らぐ水晶のような美しい瞳だった。戸惑ったような彼が、小さく頷くのを、絢世は見逃さなかった。

「行きましょう」

伊吹の手を引き、絢世は立ち上がる。

「駅まで歩いて、そこから始発を待って・・・お金ならわたし、少しは持ってきてますから」
「絢世さん・・・」
「お金がなかったら、歩けばいいし・・・少し寒いけど、大丈夫ですよね」

冷たい、力ない手を引く。伊吹の足が、止まる。

「二度とここへは戻れないし、わたしも京都には帰れないけど・・・」

伊吹の手をひっぱる。僅かに力がこもるのに構わず、引っ張る。

「でも、いいんですよね」
「・・・・・・」
「・・・ね?」

すべてを捨てて。

「大丈夫、心配しないで伊吹さん」

励ますように、笑ってみせる。

「きっと、楽しいですよ。伊吹さん、好きなことして生きられるじゃないですか。将来の夢は?したいことは?たくさん教えて」

ざあっと風が吹く。

「ね?」
「・・・絢世さん、震えてる・・・」
「・・・少し、寒いだけ。駅まで行けば温かいから平気ですよ」
「・・・・・・・・・いけ、ない」

伊吹の瞳に、光が戻るのが見えた。それは黒々とした夜が朝日に照らされていくように、絢世には見えた。夜が終わる。そんなこと思う。

「俺は、きみに、こんなことを、させて・・・言わせて・・・」

力のこもった手に熱がこもっていく。命が吹き込まれるようにして。