風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8
(みずはめが、泣いている)
彼女の心が泣いている。その揺らぎが穂積の力を緩め、村中の結界の力が弱まっている。境目が揺らいでいるのだ。穂積が小夏を連れ、結界を張りなおしに向かった。
(だがそれも、一時の気休めでしかない。力の源を正さない限り)
そんなことは穂積もわかっているはずだ。おそらく穂積は待っているのだ。瑞と伊吹を。
互いの心に決着をつけるまでは時間を稼いでやるから、別れの準備を整えよ、と。
(・・・紫暮と絢世がいるな)
二人の気配もかすかに感じる。みずはめが呼んだのだろうか。
(伊吹)
泣いている伊吹をおいてきた。
何を言っても、どう慰めても、どうにもならないことを知っている。それは決して投げやりな態度ではないのだけれど、伊吹のことを思うと胸は痛んだ。好き勝手を言って、これを全部受け入れろと、瑞はそんな暴力にも似た一方的な要求をしたのだから。
――瑞の何が、俺に残るの?
伊吹はそう言った。何も残らない。思い出、ぬくもり、そのすべてが綺麗ごと。過去が改変されて、一切合財なかったことになる。
受け入れられるわけがない、それは瑞にだってわかる。拒絶、諦観、今までで一番、伊吹を傷つけたと思う。
(それなのに、こんなにも伊吹を近くに感じる・・・)
静かに目を閉じるとわかるのだ。
拒まれ、すれ違って。
心が離れても。
これまでのどんなときよりも、伊吹を強く感じる。気配を、心のあり方を、ぬくもりを。
これはまだ、ちゃんと繋がっている証なのだ。
(だから、俺は待つ)
ここに伊吹が来るのを。山の鳥居を仰ぐ。あの向こうで妹が泣いている。必ず、伊吹は来る。確信していた。
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作品名:風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8 作家名:ひなた眞白