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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8

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約束



伊吹が生まれたときのことを、瑞は今でもちゃんと覚えている。己の血肉を与えた、もう幾人目の子どもだろうか。だが、これまでのお役目の誕生と伊吹のそれが瑞にもたらしたものは、違った。全く違った。

穂積の跡継ぎであること。
己に手足があり、この子孫を自分の手で抱き上げられること。

瑞にとっては特別な子どもだった。

首の据わらぬ伊吹を抱いて、その独特の優しい匂いに包まれたときのやすらかな気持ち。
この赤子が己の運命を大きく変えることなど、想像もできなかった。

伊吹は、破天荒な姉の影響もあってか、大人しく内公的な子どもだった。
あまり自己を主張しない静かな性格だったが、己がこうだと決めたことは譲らなかった。穏やかな頑固者。穂積の若いときに似ていた。

現代風に言えば空気を読む力に長けており、それが自己主張を消してしまっていた。それでも成長するにつれて、伊吹の内面は少しずつ変化を遂げた。

(・・・俺は、伊吹にあんな顔をさせてしまうのか)

穏やかで優しかった伊吹を悲しませて、裏切って。

(何を与えてやれたのかな)

赤子だった頃の、もみじの葉のような伊吹の小さな手を思い出す。
瑞を得体の知れぬ同居人として遠くから眺めていた頃の、生意気そうな目を思い出す。
おまえのために何かしたいと、泣きながら祈ってくれた夜を思い出す。

それも、なかったことになる。思い出すこともなくなる。

冷たい風が吹いた。石段から立ち上がり、山を仰ぐ。