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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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風、彼方より舞い戻る 神末家綺談8

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「・・・そうなったらおまえはもう二度と、俺のことを思い出せなくなる」


死よりもつらい別れを、おまえに強いることになる――

いつかの瑞の言葉の意味が、いま、ようやくわかった。

「・・・俺たちは瑞を、忘れてしまう、ってこと・・・?」

冷静になれ、と言い聞かせながら問う。

「忘れる、というよりは・・・はじめから、なかったことになる、といったほうが正しいかもしれん」

なかったことになる。
出会ったことも、ぶつかりあったことも、心を交わしたことも。全部?

「い、嫌だ・・・」

笑っていると。そう約束したはずなのに。伊吹の口から飛び出したのはその言葉だった。

「おまえとのことを・・・失ってしまうのは、嫌だ・・・」

失ってしまうことと、すべてを忘れてしまうことは、違う。全然違う。
彼を思い出して悲しむことも許されないという。あの温かさも、この困ったような表情も、交わした言葉も、なくなる。全部。泡のように。夢と同じだ。

「・・・だめか?」
「だめとか、そういうことじゃなくて・・・そんなのって、あ・・・あんまりじゃないか・・・」
「・・・そうだよな」

違う。そうじゃない。おまえの願いは何があっても叶えてやりたい。でも、だけど。


「だってじゃあ・・・瑞の何が、俺に残るの・・・?」


なかったことになるのなら、何一つ残ることもない。この気持ちは、どこへ行けばいい?

「おまえが嫌だというのはわかっているのに・・・それでも望まずにはいられん」

瑞が視線を逸らし、俯いた。ミルクティー色の髪が表情を隠してしまって、どんな顔をしているかは見えない。しかし、しぼりだすような小さな声は苦しそうだった。

「おまえらの・・・俺を想ってくれてることとか、感じてくれてる情とか・・・そういう気持ちを無視して、俺は全部なかったことにしてくれとしか、願えない。これはひとりよがりな俺のわがままなんだ」
「瑞・・・」
「妹が、笑って幸せになれるためなら、なんだってする」

それは、絶対に揺るがないのだろう。瑞は、妹を選ぶのだ・・・。
それは当たり前のことだとわかっている。数千年想い続けた妹と、ほんの数年だけ心を交わした相手ならば、伊吹とて妹を選ぶだろう。

「おまえたちとの未来より・・・妹の幸せを、俺は選ぶ」

怒っていいよ。瑞はそう言って力なく笑うのだった。