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私の読む「紫式部日記」

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 一条天皇が中宮さまをお見舞いに、また若君との初めてのご対面にこの土御門邸にお越しになるという日が近づくにつれて、邸内の掃除が一段と厳しくなり、新築のようにぴかぴかに磨き上げられた。世間でも珍しい菊の根を探し求め、掘り起こして屋敷に持ってこられて庭に植える。霜にあい色々な色に菊が変化するのであるが、やはり黄色が一番である、このようにいろいろの菊を植えられたのであるが、朝、霧が晴れた隙間に見渡すと、唐国で菊は不老長寿の花であると言われているのであるが、どうしたことか私の心の中で「私自身がもう少し平凡な女であれば、あの若い人たちのようにきらきら着飾って大声で笑い、男の方達からもちやほやもてはやされて楽しい一日を送る、ということも出来るのだが」
 私は目出度いこと、面白く愉快なことを聞く度に、胸の内で私が世の中を斜めに見る性格のため、あの若い女房達の雰囲気に入っていけずに批判的な目で見てしまう、そうして何となく気鬱になり、心の中は悲惨な気持ちだけになってしまう。そんな落ち込んだ気持ちで池の中で水鳥が遊ぶのを見ていると歌が浮かんできた、
 水鳥を水の上とやよそに見ん
  われも浮きたる世をすぐしつつ
(水鳥が池の上を滑るように泳いでいるのをまるで関心が無く眺めている、その私も水鳥のように世の中から浮いて過ごしているのだ)
 水鳥たちも思いのままに泳ぎ振舞っているのであろうがその実彼らには彼ら並みの悩みはあるのであろう、私もこの館で人目には賑やかに楽しく暮らしているように見られているであろうが、私の心の中は苦しさで一杯である。

中宮は衣装を元に戻されたがまだ几帳から外に出ようとはしない、体調が快復するのを待っているのだろう。道長は孫が可愛いので朝となく夜となく見に来て若宮をあやす、若宮お漏らしする、道長は笑っている。天皇が我が子を見るために土御門邸に行幸される通知が来る。


 源通時(みちとき)の娘で中宮彰子さまと従姉妹である北の方倫子の姪、私ととても仲のいい朋輩女房の小少将の君が里に帰り、そこから文を送ってきた。その返事を書こうとした時に空が暗くなり時雨がさっと降り出した。使いの者も何となく気ぜわしくしている。「また空が曇ってきました、雨の気配がして怪しくなって参りました」
 と書き終わって、下手な歌などを色々と書いた文を渡す。暗くなってから小少将の君からの返事が来る、上下に薄く雲を摺りこんだ紙に、

 雲間なくながむる空もかきくらし
   いかにしのぶる時雨なるなむ 

(空を眺めていますと隙間なく曇った空です。私の心も曇っています、時雨が降るように私も涙を流しています、貴女のことを思って)
 
 先ほどの私が送った文の内容も忘れてしまい、

 ことわりの時雨の空は雲間あれど
    ながむる袖ぞかわくまもなき
 
(当然季節の雨は降ります、だがその空にも雲が欠けて隙間が現れます。しかしそれを眺めている私には貴女がいない淋しさに涙が溢れて袖が乾く暇がありません)

 行幸の日、殿は新しく造られた二艘の船を池の岸に着けられてご覧になった。船首に水を渡る龍頭を模した飾りを付けたものと、風を受けてよく飛ぶことから水難よけのまじないとした、鷁首(げきしゅ)の船、ともにまるで生きたような彫刻で色も鮮やかに仕上がっている。行幸は辰の刻(八時から九時の間)と言われているので、館の女房はまだ暗い内に起き出して化粧を丹念にして心の準備をする。上位の公卿たちの席は西の対屋(たいや)なので私たち女房は東の対屋を席に与えられ、打出(うちいで)して並ぶ。すだれの下からはみ出す女房達の色鮮やかな袿の袖口が、向かいの上達部を魅了した。女房達は男の方と離れたためかいつものような騒がしさはなく静かである。殿の息女である妍子(けんし)尚侍(ないしのかみ)の御殿ではお付きの女房達の装束は立派な物をお揃えになったと聞いている。
 夜明け方に里帰りしていた「小少将の君」が館に帰ってきた。私は里帰りのことなどを話しながら髪梳(かみす)きを共にした。

 行幸は例によって時間通りには行事は進まない、「行幸は辰の時」ということであるが、どうせその通りには運ばないだろうと私たち女房はゆっくりと準備をしている、私は扇が余りにも平凡すぎるので、かねてより新調したのを早く持ってこないかなと思って使いの者が来るのを待っているところに、行幸を知らせる雅楽寮の楽人達が奏でる鼓の音を聞き、慌てて所定の処にはせ参じる。慌てふためく格好の悪いところを人に見せてしまった。  天皇のお乗りになる鳳輦(ほうれん)をお迎えする。船に乗った楽人の奏する曲が厳かに流れる。
 鳳輦が寝殿母屋に近づくのを見ると、駕籠を担ぐ仕丁達が、身分が低いのに南面の階段を鳳輦を担いだまま登段し前の方の仕丁は鳳輦を水平に保つために苦しい格好で体を曲げて這い蹲っている。その姿を見ていると、私の今の姿と何処が違っているのだろう、高貴な人たちに混じっての宮仕えにはそれ相当の限度というものがある、気苦労がある辛いものだと仕丁の姿を見て思うのだった。
 中宮さまの御帳の西面に天皇の御座所を設けて南廂の東の間に椅子を置いてある。そこから一間開けて東に離れている部屋の北と南との端に御簾を掛けて仕切り、そこに内裏から来た女房達が座っている。その簾を揚げて内侍二人が現れる。行幸に望んでの念入りな髪型は、揚げ髪にして端正なものである、その姿は美しく描かれた絵唐のようであった。


【天皇が若宮に対面するために、道長の屋敷土御門邸に行幸になった。天皇家に受け継がれている三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉を捧持している。この時代は天皇の象徴として神器の一つを携えたのか。現代はどうなのか】


「左衛門(さいもん)の内侍」と言われる天皇側近の女房が御佩刀(みはかし)を持って従っておられる。青緑色の無紋の唐衣に上の方を淡く下に行くに従って濃く染めた裾濃(すそご)の裳を付け、正装の時の決まりである首から肩に垂らす薄い絹布の領巾(ひれ)を掛け、裳の腰の左右に垂らす裙帯(くんたい)は文様の線を浮き出させて織った綾織の薄い絹地で、糸を浮かせて模様を織出した綾、浮線綾(ふせんりょう)と呼ぶのを黄色がかった櫨(はじ)色と白の段染めで仕上げてある。表着(うわぎ)は表が黄色で裏が青色、そこに五色の糸で模様を縫いつけた「菊五重(きくのいつえ)」菊は重ねの色目で、表白、裏蘇芳色。「五重」は地紋の上になお五種の色糸で模様を織出したもの。表着(うわぎ)と袿(うちぎ)の間に着る掻練(かいねり)は紅色、そんな衣装で顔を隠した扇から横顔しか見えなかったが、華やかで清楚な姿に見えた。