猫の髭は七つの夢をみる
まずは、今夜のできごとだ。
食べるものを与えられたことなどあっただろうか?
この夢は まだ夢の途中、このまま消えないで欲しい。
生まれて 乳にしゃぶりついた温もりの記憶はまだかすかに残っている。取り合い、押し退けて 一番甘えていたかもしれない。母猫から離れて…… 離されてだったろうか、もう一匹としばらく過ごした。ある早朝まで。
その朝 朝露が綺麗だった。オレたちは、何処へともなく走っていた。足の速いオレを抜くぞと意気込んで横を走り抜けた体が オレの目の前に撥ね上がり 道に力なく落ちた。
その口から出た赤いものは もう声を上げることがないと思わせた。
そして、オレはひとりになった。
なんだよ。これは夢じゃない。夢だったらどんなに良かっただろう。
思い出して 心が痛くなった。
「かわいいねこちゃん、こっちおいで」
公園の大きな木の下にあるブランコの前。しゃがんだ小さな人の小さな手がオレを手招きした。隣で揺れるブランコが大きく恐ろしく見えて 近づけなかった。
小さな人が オレに近づいてきた。やや巻き毛の髪を左右で結んでいたメスの子だ。
オレは、一定の距離を保ちながらみつめた。小走りに近づかれると その分離れた。
だけれども、なんの警戒もなく見つめるその目の輝きは、オレを惹きつけ 離さなかった。
母猫のそれとも違う優しい眼差しは ひとりじゃない安心を感じたほどだ。
こんな体験も 夢のひとつに加えても良いに違いない。
作品名:猫の髭は七つの夢をみる 作家名:甜茶