猫の髭は七つの夢をみる
「どうした?」
「にゃぁ」
しまった、オレは、口角まで神経がいきわたるほど美しい角度に開き やや目を二割ほど細め よそいきの猫なで声で応えてしまった。
そんな自身に驚きを隠せず、脚は竦み、目の前の硝子窓がゆっくりと開かれていくさまをじっと見つめていた。これが 世に言う《かなしばり》なのか?
オレがまだ子どもだったときに 野原の誰も足を踏み入れないような高い草の中で横たわっていた痩せ細った猫が 何かに絡められていた。それが《金縛り》だと 当時この辺りで纏めをしていたボスと呼ばれていた大きな体の猫が教えてくれた。
今のオレは、その猫と同じくらい大きくなっていた。
窓が開かれた。もうオレとオレを見る人の間には、何もない。いや、あるのは目に見えない張り詰めた空気と(たぶん)お互いに潜めた息のやり場なく放たれた静かに長い吐息。そして、オレの鼻を引き寄せた匂い。こんな経験はずっと味わっていない。忘れたのか、遠い記憶で埃をかぶり埋まってしまったか、それとも まだ未経験だったのかもしれない。
「にゃぁ」
オレは、それを探るようにもうひと鳴きしてみた。
「腹が空いてるのか?」オレを見て言う。
そうだ。だからオレはこんな危険な事を冒してしまったのだ。
「待ってろ」
そういうと、人は一旦カーテンの奥に姿が消えた。ほんの僅かな時間。ぺろりと口元を舐めたオレの口周りの短い髭が乾く間もなく現れた。
作品名:猫の髭は七つの夢をみる 作家名:甜茶