初恋はきみと
伊吹の母は保育士で、父は高校教師だ。二人とも村を離れた都会で働いている。離れていてもちゃんと会いに戻ってきてくれるし、愛されていると十分伊吹は感じている。それでも両親は申し訳なく思っているようだったが、それは伊吹の役目だから仕方ない。ここを離れることはできないのだから。
それにしても今日の瑞はよく喋る。熱に浮かされているからなのか。普段あまり口にしないことを、零していると伊吹は感じる。
「清香がよく言ってたな・・・女の幸せは、男に愛されて大事にしてもらうことだって・・・」
「・・・そうなの?」
「だからおまえ、絢世を・・・」
「うん?」
「悲しませるなよ・・・おまえを支えるために生涯独身を貫いてだな・・・一人ぼっちで寂しく生きていく、そんな人生を、あいつに強いるな・・・」
絢世の心情を伊吹は知らない。それでも瑞の言葉はからかいやふざけているものではなく、真剣に戒めているのだと伝わってきた。
「・・・女の幸せ、かあ。みずはめにも、あっただろうに・・・」
みずはめというのは、瑞の妹である。長年飛んでいた記憶だったようだが、伊吹が書庫での封印を解いたことがきっかけとなったのか、瑞もはっきりと思い出したのだった。
(・・・瑞から、妹の話を聴くのは初めてだ)
罪悪感、背徳感。申し訳ないのと情けないのとで、伊吹は顔を伏せる。なんと答えてよいのかわからない。瑞と、彼の妹の幸福な人生を奪ったのは・・・伊吹ら神末なのだから。
「命も妹も奪われて・・・憎んで、憎んで、憎んで・・・根絶やしにしてやりたいと思っていた時代もあったし・・・それは今でも・・・変わらない・・・」
ぼんやりとした声。眠りに落ちる直前のような、まるでうわ言のような言葉に、伊吹は黙って耳を傾ける。