初恋はきみと
佐里の伴侶・・・それは伊吹の祖父にあたる。祖父は五年前に他界していた。伊吹にとって、祖父よりも穂積のほうが過ごす時間が長かったのだが、それでも祖父が優しく、佐里とも仲むつまじかったことは覚えている。
「佐里を泣かせたらぶん殴ってやろうと思ってたけど・・・あいつはいい男だったなあ・・・神末の跡継ぎを生むことが義務付けられた佐里を支えて、愛してくれた。家の外から婿入りした男は、家督を継ぐことも神事への介入も一切許されないから、不自由で肩身の狭い思いもしただろうに・・・それでも、いい婿だった。穂積の跡継ぎである男児を生めぬと・・・佐里は随分悩んでいたけど、それを責めることもなかった・・・」
佐里は男児を生めなかった。生まれたのは伊吹の母である、亜季一人だけ。
「・・・しっかし亜季も小夏(こなつ)も佐里には似なかったなあ。どっちかというと、あいつら清香にそっくりだ・・・猛女とか烈女とでもいうのか・・・」
小夏というのは伊吹の姉だ。姉がいずれ婿を取り、佐里や亜季のように神末の跡継ぎを生むのだ。小夏もまた己の宿命に支配されているが、「だったら婿をとるまでは自由に生きさせろ!」と早々に家を出、都会の全寮制の高校に通い青春を謳歌しているのだった。天下無敵のイマドキ女子高生で、確かに清香に似て行動力があり、ぶれない自分というものを持っている。「伊吹は結婚できないんだから、お役目継ぐ前にいっぱい恋愛しとくんだよ!」とよく言われている。
「姉ちゃんは自由人だもんねえ」
「だが神末の女だからな・・・自分のお役目はよくわかってるし、責任感もちゃんとある・・・」
「瑞は、あんまり姉ちゃんと話したことないと思ってた」
「あいつが家出るときとか、相談にのったりしてたんだ・・・随分悩んだ時期もあったようだが、いまはちゃんと腹くくってる・・・こうなりゃイケメンの遺伝子をゲットしてやるって豪語してたぞ・・・」
瑞の姿を見たり、話をしたり出来るのは神末の血を継ぐ者だけだ。伊吹の祖父や父のように家の外から、婿入りした者は瑞の存在を知らない。もっと正確に言うと、瑞の意思が大きい。神末の血を持つは、半ば強制的に彼の姿や声を意識するが、瑞自身が姿を見せよう声を届けよう、とすれば他人にも見える。だから朋尋を始めとするご近所さんは瑞を知っているし、先立っての事件では、他人である高校生の前にもその姿を晒していた。便利なのかそうでないのかわからないけれど、ともかく瑞は己の存在を実に上手にコントロールしながら社会に溶け込んでいる。
「・・・修二(しゅうじ)さんも、亜季の尻にしかれてかわいそうになあ」
「父さんはそれが幸せなんだよねー」
「次戻るのはいつかな・・・あの夫婦」