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質草女房

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「よう、長吉じゃねぇか」
 長吉はその声にハッとして振り向きました。
 その声の主は長吉の昔なじみの新次でした。
「どうした、シケた面して大川なんか覗き込んで。まさか変な気を起こそうってぇんじゃねぇだろうな?」

 程なくして長吉と新次は近くの飯屋に入りました。新次が食事を奢ってくれるというのです。
 新次は今、仕立屋をしていて、大層羽振りがよさそうです。なんでも、新次の仕立てた着物は人気で、さる大名の奥方様の着物を仕立てたりもするのだとか。
 そんな新次だから、お金には不自由のない暮らしを送っていました。
 長吉は新次に女房のおかねを質草に取られたいきさつを話しました。
「ふーん。そいつは長吉、お前がとんだろくでなしだね」
 長吉の話を聞いて新次はズバッと言いました。でも、その言い方は決して冷たくはありませんでした。
「俺はどうしたらいいんだ?」
 長吉が泣き出しました。大粒の涙が味噌汁のお椀にポトリ、ポトリと落ちます。
「そりゃあ、お前が決めることさ。ただね、長吉。お前、本当におかねさんとこれからも一生、添い遂げたいという気持ちがあるかい?」
「へっ?」
 長吉がクシャクシャになった顔を上げました。
「米の研ぎ方なんてのは、長屋のおかみさんにでも聞けば教えてもらえるだろうよ。仕事だって左官はもう無理かもしれないが、選ばなければそれなりにあるだろう。ただ、お前が今までのことを本当に反省して、おかねさんや息子とやり直す気持ちがあるのかい?」
 その新次の言葉に長吉はドキリとしました。
 最初は好きで結婚をしたおかねですが、月日が経つにつれて、ただ家事や子育てをする道具のように扱っていたことに気が付いたのです。
 息子の多助にしても、父親らしいことは何一つしたことがありませんでした。遊んで欲しいとせがまれても、厄介者扱いしてきました。
 そして、愛する家族を失って、改めその大きさを知ったのです。
「どうなんだい?」
 新次が長吉に詰め寄りました。
「俺はおかねが好きだ。いや、おかねだけじゃねぇ。多助も俺にとっちゃあ大切な息子だ」
「そうかい。それじゃあ、まずお前が仕事をちゃんとして、しっかりしないとな。お前がその気なら、知り合いの材木屋に口を利いてやってもいい」
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸